ウンスの診療事件簿 5【猫編⑤】 | 壺中之天地 ~ シンイの世界にて

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韓国ドラマ【信義】の二次小説を書いています

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《2024年1月22日 改訂》


典医寺は四年前と変わらず、患者で溢れていた。

ウンスが入っていくと、一応は皆頭を下げて通りすぎていくが、話しかけようとするとスッと目を逸らされる。

仕方なくウンスは、近くの医員を強引に捕まえ、声をかけた。

 

「ソク先生はどちらに?」

 

ソクとは今の侍医だ。

チャン・ビン亡き後、なかなか定まらなかった侍医も、二年ほど前にこのソクという男が就任して以来落ち着いていると聞く。

ウンス自身はまだその侍医と二度しか顔を合わせていないが、見かけも雰囲気もチャン・ビンとは正反対のタイプで、いかにも権威が衣を着ているような男、という印象だった。

 

(初めに就職した病院にいた部長と、何だか雰囲気が似てるのよね…)

 

太い眉毛とか。

でっぷり突き出した腹とか。

その部長との相性は…正直最悪だった。

 

「ちょうど今、尚薬局へ行かれましたが…侍医様に何か?」

 

「いえ、王妃様の回診が終わったものだから…

何か手伝うことありますか?

診察を受け持ちましょうか」

 

ウンスの役目は王妃の診察が主ということになっていたが、もちろん一般診療も手伝うつもりでいた。

だが、その医員はとんでもないと首を振った。

 

「医仙様にそんなことをさせてしまっては、私どもが侍医様に叱られてしまいます。

どうぞゆっくりしていてください…何ならもうお帰りいただいても構わないとおっしゃっておられました」

 

「えっ?」

 

どういう意味だろう。

重役待遇?それとも暗に邪魔だと言われているのだろうか。

 

「まさか、まだ帰らないわ。

じゃあ…離れにいるから、何かあったら遠慮なく声かけて下さいね」

 

とびっきりの営業スマイルを振りまきながら、ウンスは典医寺を出ていく。

後ろから、お疲れ様でした、お気をつけて、という声が追いかけてきて、彼女は小さく肩をすくめる。

 

ウンスのいない四年の間に、典医寺の顔ぶれは大方入れ変わっていて知った顔はもういなくなくなっていた。

トギもすでに典医寺を辞め、今は山奥で薬草を育てることに専念しているらしい。

ウンスや王妃にとっては、喜ばしい復帰ではあったけれど、典医寺の人々にとっては少し違っていたようだ。

 

天からやってきた女人。

大護軍の奥方でありながら、医仙という侍医に引けを取らない高い称号を与えられた存在。

そして四年前、国中を揺るがした大きな事件の中心人物。

誰もどう扱っていいのか分からなかった。

つまりは腫れ物だ。

丁寧に扱わなくてはいけないが、親しくもしたくない。

そんな空気が流れていることに、ウンスも初っ端から何となく感じてはいたのだが。

 

(気にしないわ、新しい職場なんていつだってこんなもんでしょ?

信頼関係は一日でならず、よ)

 

ウンスはそう自分に言い聞かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウンス」

 

「あら、あなた!」

 

自室に入ると、そこには夫がいた。

嬉しい驚きだ。

彼女の表情がぱあっと明るくなる。

 

「どうしたの?」

 

「実は…今日帰りが遅くなりそうなのです。

迎えには来れぬ故、先に屋敷へ戻っていて下さい」

 

「ええ?今日一緒に帰れると思ったのに…」

 

「そのつもりだったのですが、些か問題が起きました」

 

済まなさそうな表情を見ると、きっとそうなのだろう。

ほんの少しがっかりしたが、別に一緒に帰れないだけだ。

結婚してるのだから、夜には会える。

ウンスは笑って彼の胸を軽くトン、と突いた。

 

「まあいいわ。

その代わり、今度この埋め合わせは必ずしてね」

 

「ええ」

 

「今度一日休みをとって、二人で出かけるの。

紅葉を見て、美味しいものを食べて…。

いいでしょう?」

 

「約束します」

 

指切り、と小指を立てるとヨンもその指に小指を絡めた。

二人の視線も絡み合う。

…やっぱり離れ難い。

毎日会っていても、まだ足りないと思うのは新婚故だろうか。

ウンスは指を解いて手を下ろした。

 

「さあ、もう行って。忙しいんでしょう?」

 

「ええ。恐ろしく厄介な者を探さねばならず」

 

「何それ。男?女?」

 

「さあ、大変色が白いとは聞いていますが、男なのか女なのか…。

その者がというより、その者の持っている物が重要なのですが」

 

「そうなの。

早く見つかるといいわね」

 

「全くです。

帰りは武閣氏に送ってもらってください。

寄り道などせぬよう。良いですね?」

 

ヨンはそっとウンスを抱き寄せ、額に口付けると、扉を開けて出て行った。   (続)