《2024年 1月17日改定》
「うぅ~ん!」
抜けるような青空の下で、ウンスは両手を上げ大きな伸びをした。
ここは王宮の中の東屋。
ちょうど王妃の回診へ向かう途中である。
季節はもう晩秋を迎え、大分肌寒くはなってきたものの、日中はまだぽかぽかと暖かい日も多い。
ああ、なんて気持ちのいいお天気…!
ウンスが目を閉じると、懐かしい風がふわりと髪を擽りながら頬を撫でていく。
まるで、おかえりなさい、待っていたよ、と歓迎してくれているみたいに。
ついこの間まで、ウンスは百年前にいた。
何度夢に見ただろう。
この東屋を。ここで彼と過ごした日々を。
眠っている時も、起きている時も、想いはいつの間にかここへ向かっていた。
(ああ、やっと帰ってこれたんだわ…)
ウンスは今、幸せを噛み締めていた。
*
欅の木の下で再びチェ・ヨンと巡り会ってから、そろそろふた月になる。
今やウンスはチェ家の奥方だ。
離れていた時間は、ウンスにとっては一年だったが、此処では既に四年も経っていた。
その長い年月、ヨンはただウンスの帰りを待ち続けてくれていた。あの北の地で、戦に明け暮れながら……。
初めてチェ・ヨンと結ばれた夜、ウンスは彼の身体にある見覚えのない傷跡の多さに、思わず涙ぐんだ。
医員も足りず、縫合も粗雑。その上、治癒する前に再び戦いへ赴くことになる。
彼の性格を考えると、自分より部下の治療を優先させて来たのだろう。
盛り上がってケロイド化している所もあった。きっと長いこと膿んで熱を持っていたせいだ。
さぞ痛かっただろう。
どうしようもないことだけど、私ならもっと上手く処置できたのに、とウンスは思わずにはいられなかった。
ウンスはそっと傷口に触れながら、一つ一つヨンに尋ねていく。
『これ、つっぱらない?』
『ええ』
『本当?あなた、我慢強いから』
そう言ってしつこく腕を上げたり、皮膚を伸ばしたりしているウンスに、ヨンは言った。
『こんなものは何でもありません。
他にもっと痛む処がありましたゆえ』
『えっ、まだ痛むの?癒着しちゃったのかしら…』
慌てて彼の腹の傷痕を覗こうとするウンスの手を、ヨンは掴んで自分の胸に当てた。
『そこじゃない、此処です。
あの時の悔いが残り…ずっとこの胸が抉られるようでした』
一瞬見せた苦悶の表情は、彼がこの四年間、どれだけ後悔と自責の念に苛まれていたかを物語っていた。
もちろん彼女だって同じように辛かったし、寂しかったし、不安だった。
でもウンスには必ず帰るという目標があって、必死で、だから乗り越えることが出来たのだ。
待つだけの日々……その時の彼は何を想い、何をよすがに過ごしていたのだろう。
『待つのをやめようと思ったり……迷ったりはしなかった?』
好奇心からそう尋ねて、ウンスはすぐに後悔した。
実は……なんて言われたらどうしよう。ショックで立ち直れないかもしれない。
『やっぱり答えなくていいわ……ううん、答えないで』
片手で自分の顔を覆い、もう一方の手をぶんぶんと横に振る。
ヨンはそんな彼女を黙って見ていたが、やがて口を開いた。
『…待つのをやめようとはこれっぽっちも。ただ…』
(ただ?)
話すのを躊躇うように口を閉ざしたヨンの顔を、ウンスが不安気に、だが催促するように覗き込んだ。結局聞かずにはいられないのだ。
彼は優しく眦を緩めて彼女を見つめると、さらりと告白をした。
『ただ、逢いとうて我慢がならぬ時もありました。
そんな時は少々後悔を…』
『後悔…したんだ…』
『ええ。後悔しました。
あの夜、貴女を自分のものにしておかなかったことを』
『えっ…?あ…』
ウンスはたちまち熱くなった頬に手を当てた。
この男は普段口数は少ないくせに、時々不意打ちで正面からウンスの胸を射抜く。それも確実にど真ん中を。
心臓が暴れて破裂しそうだ。
ヨンの顔を見上げれば、再び情欲に塗れた眼差しでウンスを見つめている。
彼の想いは前にもまして熱く一途だった。
もう二度とウンスを手放す気はないことが伝わってくる。
もちろんウンスだって同意見だ。
そうして再会してからひと月が経った頃、二人はめでたく夫婦となったのだった。
続
Kuuのkuusouにて載せていました
【ウンスの診療事件簿】シリーズを
こちらにて再掲載していこうと思っています。
日付は初めに書いた時に設定しましたが、改定を加えながらぼちぼちアップしていこうと思います。
新しく読まれる方にも、読み返して下さる方にも楽しんで頂けると嬉しいです。
くぅ