その日の夕刻、ヨンが帰宅すると、待ち構えたかのようにウンスが飛び出してきた。
見たことのない妙ちきりんな赤い帽子を頭にすっぽり被っている。
「お帰りなさい!!」
「イムジャ、遅くなりました。
何か手伝うことは…」
「いいから、いいから、あなたは居間で座ってて!」
ヨンから荷物を受け取ると、ヨンを居間へと押しやる。
「イムジャ、何ですその…被り物は」
「サンタ帽よ。
クリスマスと言えばこれを被らなきゃ!
あなたの分もあるわよ」
「俺にもそれを被れと?」
「当たり前じゃない!」
居間の中はあちらこちらに蝋燭が灯され、部屋の壁や天井にも赤や緑の布が色とりどりに吊るされている。
卓の上には、雉の丸焼きや野菜の和物などいつもより沢山の料理が用意され、その真ん中にはとっておきの酒がでんと置かれていた。
きっと今までも天界で、こんなふうに祝ってきたのだろう。
一生懸命再現しようとウンスが張り切ったのがわかる。
ヨンは懐からきらりと光るものを取り出した。
銀細工の花と珊瑚が散りばめられた簪だ。
以前からウンスに似合うだろうと目を付けていたが、思ったより値が張り手が出せずにいた物だった。
クリスマスには贈り物をするというから、きっと喜んでくれるだろう。
ヨンは彼女がそれを着けた姿を想像して微笑み、そしてもう一度懐へしまった。
「どうよ、これ。カンペキじゃない?」
クリスマスケーキのようにデコレーションした餅を眺めながら、ウンスは、満足気な笑みを浮かべた。
チキンは雉になったし、ケーキは餅だ。ツリーもシャンパンもないけれど、それが一体何だというのだ。
要は誰と過ごすかが一番大事なのだと、今のウンスは分かっている。
ウンスはそのクリスマスケーキもどきを居間へ運ぶと、ヨンの前に座った。
「あ〜、やっぱり被ってない!」
ウンスは夫の前にある赤い帽子を手に取る。
「いや俺は…」
微妙な表情をしているヨンの頭に、ウンスは強引に帽子を乗せた。
「うん、素敵よ…!あなた、間違いなく高麗一サンタ帽が似合う男だわ」
褒めれば褒めるほど顰めっ面になっていく。
現代の男と違い、くそ真面目で硬派なところが可愛い。もちろんそんなことを言えば彼は憤慨するだろうが。
ウンスは二つの湯呑みに酒を注ぐと、ひとつを彼に渡した。
「はい、乾杯しましょ!
メリークリスマス!」
かちりと湯呑みを合わせ、乾杯をする。
いつもより少し飾り付けした部屋で、いつもより少し豪華な食事をするだけのクリスマスパーティだったが、ウンスは十分満たされていた。
目の前のヨンもまんざらではなさそうで、いつもの何倍も表情が豊かだ。
「ねえ、ちょっと待ってて」
ウンスは隣の部屋へ入ると、箪笥の抽斗を開け包みをとり出した。
それをヨンに差し出す。
「あなたにプレゼントよ」
「…俺に?」
「ええ…開けて」
ヨンは紐を解き包みを開けた。
「剣穂…?」
驚いたように、ぽそりとヨンが呟く。
「ええ、そう。
あなたのあの剣に映えそうだと思って…御守りの意味もあるらしいのよ」
ウンスはヨンの顔をじっと見つめた。
さっきまでと打って変わって表情が強張っている。
「あんまり…嬉しくなかった…?」
ウンスが不安そうに尋ねると、ヨンがはっとしたように顔を上げた。
「…いえ、そのようなことは…!
ただ驚いたゆえ…」
「ほんと?じゃあ使ってくれる?」
「…ええ」
何となく歯切れの悪い返事に、ウンスの胸にざわざわとした漣が立つ。
押し付けがましかっただろうか?
彼の中ではもう武士に戻りたいなんて、これっぽっちも思ってないのかもしれない…。
「ごめん、あまり深く考えないで。
ただ何かあなたにあげたくて。
何がいいのか、分からなかったの。
私は今の生活で満足してるわ…ほんとよ?」
「イムジャ…。
そうではないのです。
ただ少々…障りが」
「障り?って?」
視線を泳がせながら話すヨンにウンスは、尋ねた。