喫煙室がある病院
詩人、童話作家 タダノマサヲ
二十年前になります
千葉県のF市にある、大きな精神病院に行きました
私の五つ下の、二十歳を過ぎてから知り合った、
男性のお見舞いに行きました
私の知人は
比較的症状が軽く
外には出る事は出来ませんが
相部屋があり
広いラウンジがあり
そのラウンジではテレビを観ることが出来
片隅に四畳半ほどの喫煙ルームがありました
外界から隔離された知人を不憫に思い
度々訪れていました
煙草、コーヒー、砂糖などの差し入れは
病院から数量が指定されているのですが
それを知らずに持って行き
持ち帰りをしたことがあります
一日に吸っても良い煙草の本数も決められていて
見まいに行くと
すぐさま私と知人は喫煙室に籠りました
なぜなら私の手持ちの煙草を知人が吸っても
既定の本数にカウントがされないからです
知人と二人で煙草をひっきりなしに燻らしながら
昔話に花を咲かせていました
付かず離れずですが
知人とは二十年以上の付き合いがあるので
話は尽きません
笑いを交えた他愛ない話をしている時に
視線を感じたので
振り返ると
当時四十を過ぎたばかりの私より
少しだけ年長の
細面の綺麗な女性が私を見ていました
私に話しかけたい素振りが見て取れたので
「こんにちは!!」などと
何と無く場違いな挨拶をしたのを覚えています
女性が嬉しそうな顔をして
「こんにちは!!」と返してきたので
私と知人とその女性との、三人での会話が始まりました
他愛ない話をしているうちに
女性がどんな職業をしていたのかが気になり
訊ねてみると
スチュワーデスをしていたとの事
精神を病んでいる女性の発言を
そのまま受け止めて良いものかと考えつつ
女性の美しい顔立ちに
たとえそれが嘘でも、信じようと思いました
何故なら私の知人、そして私の目の前にいる女性
二人以外の、入院している患者たちは
外部の人間と接触をすることが出来ないので
自分の夢や希望を、話す機会が無いからです
患者を診る医師は
マニュアル通りの受けごたえをするばかりなので
入院している人は
外部と係わりを持ちたいに違いなく
見舞客が少ない患者なら尚更です
F駅から離れた場所に
冷たく白く巨大に建つ病院から
友人は転院して
訪れる事は無くなったのですが
自分の事を「スチュワーデスをしていました」と言った
あの女性を
病状は良くなったのか
幸せに暮らしているのかと
今でも虚ろな美しい顔を思い出すのです
