ほんの数年前まで・・・
宗教アレルギー でした。
学生の頃は特に、宗教全てに否定的な思いしかありませんでした。
大学の授業の必須科目であった宗教学は、苦痛でしかありませんでした。
そんな私も現在は、仏教LOVE
人生どうなるか分からないものですね。
きっかけは、
うーん・・・なんでしょうか。。
わかりません。
ただ、無性に鎌倉のお寺さんへ行きたくなって、
そこで風にのってきたお香の香りに触れて・・・
それが始まりだったと思います。
生まれて、物心つく小さな頃から不幸なことばかりで、母親以外何も信用していない・・・そんな幼児でした。
思春期の頃、占いやおまじないブームがあり、くだらない!と心の中で馬鹿にしていました。
世の中は、新興宗教が次から次へと増え続け、仲の良くなかった同級生から突然電話があり勧誘されたり・・・
どんなに辛いことがあっても、辛すぎるからこそ、宗教には頼るまい!と。。
そんな私も、いい大人になり、たくさんの・・・本当にたくさんの経験を積んで、
うーん・・・
なんか疲れてしまったのでしょうか
癒しがとにかく欲しかった
理屈っぽい私は、
救ってあげますよ〜
こうすれば幸せになれますよ〜
そういうのは大嫌いでして・・・
信じなさい!と言われるほど信用しなくなります。
さて、ものすごーーーーい前置きとなってしまいましたが、
私が毎晩寝る前に読んでいる本をご紹介します。
怪しそうでしょ〜?
宗教っぼいよね〜
わかる!わかりますよ〜その気持ち!
読みたくないと思います。
なので、私、これから
ブログで簡単に紹介していこうかなーって思います。
私は、
仏教徒でも、お気に入りの宗派も、仏教学を学んだわけでもなく(大学の授業はテキトーでしたから💧)
単純に、昔の人はこんなことを考えたり言ったりしてたんだなーと、そんな程度で書いていきます。
宗教アレルギー以外の方は、流し読みでも構わないので、お付き合い頂けると嬉しいです。
では、いきます!
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欲をおさえておのれに克つ(かつ)ことに努めなければならない。
身を正し、心を正し、ことばをまことあるものにしなければならない。
貪ることをやめ、怒りをなくし、悪を遠ざけ、常に「無常」を忘れてはならない。
もし心が邪悪に引かれ、欲にとらわれようとするなら、これをおさえなければならない。
心に従わず、心の主(あるじ)となれ。
心は人を仏(ほとけ)にし、また、畜生にする。
迷って鬼となり、さとって仏と成るのもみな、この心のしわざである。
だから、よく心を正しくし、道に外れないよう努めるがよい。
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お釈迦様が入滅される前にお弟子さん達に語った言葉です。
仏教は、基本、誰かのためではなく、自分が幸せになるためにはどうしたらいい?
といえ考え方をします。
誰かを救うために自分が犠牲になる
という教えではありません。
善良な人にならなきゃ、正しい生き方しなきゃ、
それは、誰かのためではなく、私は自分の為にしてました。
人に迷惑をかけないように、みんなの為に、みんなが喜ぶから
そんな風に思って・・・でも本当は、いい人だと思われたいからでした。。、
だから、努力が報われないと、「なんでみんな分かってくれないの!」 となる。←サイテーね
こんな私だから、
こういう生き方すれば、「楽」ですよ
こういう生き方すれば、辛くないよ
という、お釈迦様の言葉はすんなり心に入り込みます。
心に従わず、心の主(あるじ)となれ。
自分をコントロールするって、難しいね。
少しずつ、修練します。