白兒 - 『時間を戻せたら』
1
한국어
나의 기차는 갈 곳이 많은지
표도 많고 너무 빨라 놓치는 게 많아요
日本語訳
私の列車は、行く先がたくさんあるのか
切符もたくさんあって、あまりにも速くて、取りこぼすものが多いんです
読み方(日本語話者向け)
ナエ キチャヌン カル コシ マヌンジ
ピョド マンコ ノム ッパルラ ノッチヌン ゲ マナヨ
2
한국어
가끔은 갈 수 없는 곳, 그리움을 만나러 가야만 살아지는 날이 있다구요
日本語訳
時には、行くことのできない場所へ、
恋しさに会いに行かなければ、生きていけない日があるんです
読み方
カックムン カル ス オムヌン ゴッ、
クリウムル マンナロ カヤマン サラジヌン ナリ イッタグヨ
3
한국어
아이보다 어린 어른의
떳떳하지 못한 숨바꼭질
닮아야 한다면 난 뒤쳐질게요
日本語訳
子どもよりも幼い大人の、
胸を張れないかくれんぼ。
そんな大人にならなければならないのなら、私は遅れていきます。
読み方
アイボダ オリン オルネ
ットットタジ モタン スムバッコッチル
タルマヤ ハンダミョン ナン トィチョジルケヨ
4
한국어
언젠가는 꿈꿔온 어른이 되어
투명한 위로를 건네는 사람이고 싶어
日本語訳
いつか、ずっと夢見てきた大人になって、
透明な慰めを差し出せる人になりたい。
読み方
オンジェンガヌン ックムックォオン オルニ トェオ
トゥミョンハン ウィロルル コンネヌン サラミゴ シポ
5
한국어
숨을 죽여 우는 아이의
슬픈 등을 재우리
사랑을 하고 널 사랑했으니
日本語訳
息を殺して泣く子どもの、
悲しい背中を撫でて眠らせよう。
愛を交わし、あなたを愛したのだから。
読み方
スムル チュギョ ウヌン アイエ
スルプン トゥンウル ジェウリ
サランウル ハゴ ノル サランヘッスニ
6
한국어
눈에 밟힌 아픈 구절 속
너의 얘기 들리우는 서글픈 하루, 그대로 넘겨라
日本語訳
目に焼きついて離れない、痛い一節の中で、
あなたの話が聞こえてくる寂しい一日よ。
そのままページをめくりなさい。
読み方
ヌネ パルピン アプン クジョル ソッ
ノエ イェギ トゥルリウヌン ソグルプン ハル、クデロ ノムギョラ
7
한국어
엄마도 아빠도 되돌아가서 다시 사랑을 하고
나를 또 만나요
日本語訳
お母さんもお父さんも、時間を戻ってもう一度愛し合って、
そしてまた、私に出会ってください。
読み方
オンマド アッパド トェドラガソ タシ サランウル ハゴ
ナルル ット マンナヨ
8
한국어
모두 모여 하나 둘 셋 사진 찍구요
다 아는 얘기 모르는 척 음-
日本語訳
みんな集まって、一、二、三と写真を撮って、
みんな知っている話を、知らないふりをして――
読み方
モドゥ モヨ ハナ トゥル セッ サジン チックヨ
タ アヌン イェギ モルヌン チョク ウムー
9
한국어
무지개마을 우리 막내 산책시키고
푸른 하늘 펼쳐보며 아-
日本語訳
虹の町で、うちの末っ子を散歩させて、
青い空を広げるように見上げながら、ああ――
読み方
ムジゲマウル ウリ マンネ サンチェクシキゴ
プルン ハヌル ピョルチョボミョ アー
10
한국어
숨이 차게 뛰어 노는,
나의 그대
우리 동네 따다 주시던 꽃향기 그대로
日本語訳
息を切らして駆け回って遊ぶ、
私の愛しいあなた。
この町であなたが摘んでくれた、あの花の香りのまま。
読み方
スミ チャゲ ットゥィオ ノヌン、
ナエ クデ
ウリ トンネ ッタダ チュシドン ッコンヒャンギ クデロ
11
한국어
추억속에 남은 하나뿐인 그대여
이제 놓아줍니다, 부디 잘가요
日本語訳
思い出の中に残った、ただ一人のあなたよ。
もう、あなたを解放します。どうか、さようなら。
読み方
チュオッソゲ ナムン ハナップニン クデヨ
イジェ ノアジュムニダ、プディ チャルガヨ
『時間を戻せたら』――歌詞の深層解釈
この歌は、単純な「別れの歌」というよりも、
自分が愛した人を見送ると同時に、自分の幼い頃、家族、そして「大人になる」ということそのものを受け入れていく歌として読むことができます。
特に重要なのは、冒頭に出てくる「列車」と、最後に出てくる「町」です。
最初は、人生があまりにも速く進んでいきます。
最後には、その速い人生の途中で置いてきた人や記憶を、一つひとつ振り返ることになります。
1. 「私の列車は、行く先がたくさんあるのか」
나의 기차는 갈 곳이 많은지
표도 많고 너무 빨라 놓치는 게 많아요
ここでいう「列車」は、ほぼそのまま語り手の人生だと考えられます。
行く先が多いというのは、これからやること、選ばなければならないこと、進んでいかなければならない未来がたくさんあるということ。
そして「切符もたくさんある」。
つまり、未来への選択肢はたくさんあるのです。
しかし、その列車はあまりにも速い。
だから、
「놓치는 게 많아요(取りこぼすものが多い)」
となります。
人生が前に進むほど、必ず何かを置いていかなければならない。
人間関係、思い出、過去の自分、もう二度と戻れない時間――。
つまり、
「私はずっと前へ進んでいる。でも、その速さのせいで、あまりにも多くのものを後ろに置いてきてしまった」
という感覚です。
ここで重要なのは、列車が速いことが必ずしも幸せとして描かれていないことです。
普通なら、「前へ進む」「成長する」「未来へ向かう」ということは肯定的に描かれます。
しかしこの歌では、前へ進むことには、何かを失っていくという代償が伴っています。
2. 「行けない場所へ、恋しさに会いに行く」
가끔은 갈 수 없는 곳, 그리움을 만나러 가야만 살아지는 날이 있다구요
ここには、とても美しい矛盾があります。
「行くことのできない場所へ行かなければならない」
という矛盾です。
その場所には、もう物理的には行けないのかもしれません。
過ぎ去った時間かもしれない。
もう終わってしまった関係かもしれない。
失ってしまった人かもしれない。
あるいは、自分が子どもだった頃かもしれません。
それでも人間には、
戻れない場所を思い出し、その「恋しさ」に会いに行くことで、かろうじて生きていける日がある。
この歌では、懐かしさや恋しさは「乗り越えなければならないもの」ではありません。
むしろ、
過去を恋しく思うことそのものが、今を生きるために必要な瞬間がある
と歌っているように感じられます。
3. 「子どもより幼い大人」
아이보다 어린 어른의
떳떳하지 못한 숨바꼭질
ここは、この歌の中心の一つだと思います。
「子どもより幼い大人」。
なぜ大人なのに、子どもより幼いのでしょうか。
子どもは、自分の感情に比較的正直です。
悲しければ泣く。
寂しければ寂しいと言う。
好きなら好きと言う。
ところが大人になると、
悲しくても平気なふりをする。
会いたくても会いたくないふりをする。
愛していても知らないふりをする。
傷ついていても大丈夫なふりをする。
だから「숨바꼭질(かくれんぼ)」なのです。
誰かを探しているだけではなく、自分自身が自分の感情を隠しているようにも読めます。
そして、それを歌詞は
「떳떳하지 못한(胸を張れない、後ろめたい)」
と表現します。
つまり語り手は、そうやって感情を隠す自分自身を、どこか恥じているのです。
4. 「そんな大人になるくらいなら、私は遅れていく」
닮아야 한다면 난 뒤쳐질게요
ここは、とても強い言葉です。
冒頭では、列車が速すぎました。
ところがここで語り手は、
「そんな大人にならなければならないのなら、私は遅れていく」
と言います。
世の中が求める「大人」とは、
-
早く進むこと
-
周囲に合わせること
-
感情を抑えること
-
過去を振り返らないこと
-
競争に遅れないこと
なのかもしれません。
しかし、語り手はそれを拒みます。
だから「遅れる」という言葉は、ここでは失敗ではありません。
むしろ、
「世の中の速度にはついていかなくても、自分が大切だと思うものを捨てない」
という意思表示なのです。
5. 「いつか、私が夢見た大人になって」
언젠가는 꿈꿔온 어른이 되어
투명한 위로를 건네는 사람이고 싶어
では、語り手がなりたい「大人」とはどんな人なのでしょうか。
それが、
「透明な慰めを渡せる人」
です。
ここで「透明」という言葉がとても重要です。
大げさな言葉で相手を救おうとすることではありません。
相手の苦しみを自分の価値観で塗り替えることでもありません。
ただ、その人の悲しみをそのまま見ることができる。
そして、そっと寄り添うことができる。
そんな大人です。
だから次に、
숨을 죽여 우는 아이의
슬픈 등을 재우리
と続きます。
息を殺して泣いている子どもの、悲しい背中を撫でて眠らせる。
この「子ども」は、実際の子どもであると同時に、語り手自身の中に残っている幼い自分とも読むことができます。
6. 「子どもの背中を撫でる」ということ
このように読むと、歌全体の構造が見えてきます。
語り手はかつて子どもだった。
↓
時間が流れて大人になった。
↓
しかし、大人になる過程で、自分の感情を隠すようになった。
↓
その結果、幼い頃の自分や、大切だった人たちを置き去りにしてしまった。
↓
だから今度は、自分の中に残っている「泣いている子ども」の背中を、自分自身で撫でてあげようとする。
つまり、この歌における「大人になる」ということは、
子どもだった自分を捨てることではなく、いつか自分自身でその子を慰められるようになること
なのかもしれません。
7. 「私たちは愛し合った。そして、あなたを愛した」
우리 사랑을 하고 널 사랑했으니
ここから歌は、より個人的な「あなた」へと焦点を絞っていきます。
それまでの「子ども」「大人」「家族」といった存在が、ある意味では普遍的なものだったのに対して、ここからは具体的な一人の人間との記憶になっていきます。
そして、
눈에 밟힌 아픈 구절 속
너의 얘기 들리우는 서글픈 하루
という表現によって、過去の恋愛が一冊の本のように描かれます。
本を読んでいて、どうしても痛くて目に残ってしまう一節がある。
そこから、あなたの声が聞こえてくる。
でも、ページはめくらなければならない。
だから、
그대로 넘겨라
なのです。
これは「忘れろ」という意味ではありません。
むしろ、
忘れなくてもいい。痛かったことも消さなくていい。ただ、そのページを次へ進めよう。
という受容に近い言葉です。
8. 「お母さんも、お父さんも、もう一度愛し合って」
엄마도 아빠도 되돌아가서 다시 사랑을 하고
나를 또 만나요
ここで歌の世界がさらに広がります。
単なる恋人との別れではなく、語り手は自分の両親の過去まで想像します。
「もし時間を戻せるのなら、お母さんとお父さんももう一度出会い、もう一度愛し合って、そしてまた私に出会ってください。」
ここには、とても幼い子どものような願いがあります。
両親の愛がもう一度始まり、その愛の結果として、自分自身ももう一度生まれてほしい。
つまりこの歌の「別れ」は、恋愛だけの別れではありません。
自分が生きてきた人生そのものを振り返る作業になっています。
9. 「みんな知っている話を、知らないふりをして」
모두 모여 하나 둘 셋 사진 찍구요
다 아는 얘기 모르는 척
ここは非常に静かですが、だからこそ悲しい部分です。
みんなで集まって、
「一、二、三」
と写真を撮る。
写真とは、過ぎていく時間を保存する行為です。
しかし、その写真を撮っている人たちは、本当は知っています。
この時間もいつか終わることを。
誰かがいなくなることを。
二度と戻れない瞬間であることを。
それでも、
「知らないふり」をする。
それが人間なのかもしれません。
未来の別れを知っていながら、今この瞬間は笑って写真を撮る。
10. 「虹の町」と、ありふれた日常
무지개마을 우리 막내 산책시키고
푸른 하늘 펼쳐보며
ここで突然、非常に具体的な日常の風景が出てきます。
家族。
末っ子。
散歩。
町。
青い空。
それまで「人生」「成長」「別れ」といった大きなテーマを扱っていた歌が、急に小さな日常の記憶へ降りてきます。
しかし、人間の記憶に最後まで残るのは、必ずしも人生の大事件ではありません。
一緒に歩いた道。
その日に見た空。
家族と過ごした時間。
町の風景。
そして、花の香り。
そういう何気ないものが、後になってかけがえのない記憶になります。
11. 「花の香りのまま」
우리 동네 따다 주시던 꽃향기 그대로
ここで「あなた」の記憶は、視覚ではなく匂いとして残ります。
花の香りというのは、非常に個人的な記憶です。
ある香りを嗅いだ瞬間、何年も前の場所や人を突然思い出すことがあります。
だから、あなたはもう現在にはいないとしても、
町の花の香りの中には、あの頃のあなたがそのまま残っている。
「そのまま」という言葉には、その記憶を無理に変えようとしない姿勢も感じられます。
美しかった記憶は、美しかったまま残す。
痛かった記憶も、痛かったまま残す。
そのうえで、手放す。
12. 「今、あなたを手放します」
추억속에 남은 하나뿐인 그대여
이제 놓아줍니다, 부디 잘가요
そして最後に、
「놓아줍니다(手放します)」
という言葉が出てきます。
ここで重要なのは、「忘れます」ではないことです。
あなたは、
「추억속에 남은 하나뿐인 그대」
――思い出の中に残った、ただ一人のあなた――
として、これからも存在し続けます。
それでも、もう手放す。
だから最後の
「부디 잘가요」
は、泣きながら引き止める「さよなら」ではありません。
むしろ、
「あなたは確かに私の人生に存在していた。私はあなたを愛した。その事実は消えない。だから、もう行っていいよ」
という、静かな別れに聞こえます。
「놓치다」と「놓아주다」
そして、この歌を最初から最後まで一本につなぐと、非常に美しい対比が見えてきます。
冒頭では、
놓치는 게 많아요
取りこぼすものが多い。
最後では、
이제 놓아줍니다
もう手放します。
です。
この二つは似た言葉ですが、意味は大きく違います。
最初の「놓치다」は、自分の意思とは関係なく、時間の速さによって何かを失ってしまうこと。
一方、最後の「놓아주다」は、大切なものを大切なまま、自分の意思で手放すことです。
つまり、この歌は、
「時間に追われて、たくさんのものを取りこぼしてしまった人」が、最後には「自分の手で、愛した人を静かに送り出せる人」になる物語
とも読むことができます。
そして、それこそがこの歌における「大人になる」ということなのかもしれません。
世の中の速さに合わせることではない。
何も失わないことでもない。
過去を忘れることでもない。
愛したものを忘れずに抱えたまま、それでも前へ進めるようになること。
だからこそ、冒頭の
「난 뒤쳐질게요」
私は遅れていきます。
という言葉が、最後になって別の意味を持ってきます。
世間の速度から少し遅れてもいい。
自分が愛した人や、子どもだった自分や、家族との記憶を置き去りにしないために。
この歌は、そんな**「急がなくてもいい大人になること」への小さな宣言**としても聴くことができると思います。