fairnorleさんのブログ
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人を嫌いにならないということ

前回の彼女からの返事は「他に好きな人がいるから付き合えない」だった。


俺は彼女を好きだった分だけ彼女を憎くも思った。


あげた贈り物や食事や時間を返せとも思った。


でも、彼女は俺とは別の人格だから、俺の思うようには行かないのは当たり前だと気付いた。


それにずっと彼女を憎んでいたら、彼女との思い出を引き摺ってしまい、新たな出会いをチャンスを逃してしまう可能性もある。


マハトマガンジーもいうではないか。


弱者は許すことができない。許すことは力である、と。


だから俺は彼女を許す。


そう決めた途端に、モヤモヤ渦巻く心の中が晴れ渡るのを感じた。


彼女を嫌いにはならない。


彼女と過ごした時間を含めて今の自分がつくられていて、今の自分を俺は愛しているから。


彼女と彼女の好きな人が結ばれますように。


俺にもきっと良い人が見つかる。


そう信じている。





人を好きになる

人を好きになるってどういうことだ?


その人が自分の目の前にいなくても

その人のことを頻繁に思い浮かべる、

それこそ、自分がその人を好きだという証拠だと思う。


でも、その証拠は自分の心の中だけにある。


好きだという証拠は他からは見えないし、

自分の心臓の高鳴る鼓動も他人には聞こえないし、

外から感じ取ることも難しい。


だからこそ、恋人は目に見えるプレゼントを相手に贈ったり、

相手に好きだと言ったり、

特別な態度をとり続けて相手に好きだと感じ取ってもらおうとする。


俺は久しく人を好きになっていなかったが

最近よく思い浮かべる女性の存在に気付いた。

それで愛を相手に告白し、付き合ってくれと伝えた。

相手は考える時間が欲しいと言った。

今俺は返事待ちでもどかしい。


普段は気にもしない携帯電話を最近は何度も見て

彼女からの返事がないかをチェックする。

街行くカップルがやたら目に付く。

彼女に似た人を見つけて彼女と勘違いする。


この振り回されている感覚、

ああ、これが恋わずらいか。






OUR LIVES GO ON

今俺たちに求められているものって、

俺が、私がっていう、自分一人が主張し合う個人主義よりも

俺らが、私たちがっていう、自分を含めた集団主義なんじゃないだろうか。


しかし、規模が大きすぎても統制が効かない。

俺らの日本がんばろうっていっても誰が何をいつまでにどうがんばるんだ?

なぜ頑張らなきゃいけないんだ?


自分一人でできることは数多くあるが、社会への影響力は小さい。

二人や三人やそれ以上で集まってできることは面倒も多いが、社会への影響力はひとりのときよりも大きい。

たとえ、参加メンバーにしか共感してもらえなくても、共に成した出来事は、あのとき一緒に楽しめたよねって

酒の肴にはなる。


人間は関係性の中で生きている。

一人で自己完結できる世界は狭い。

その狭い世界で完結する人生もありだが、

自己完結のみで終わる人がこの世に存在した意義はなんだろうか。


人間誰しも死ぬときはひとりだ。

だから俺は死ぬまでは他者の中でもまれて生きていたい。


さみしいから群れるのではなく、

やりたいことがあって

そのやりたいことが一人では出来ないから群れるんだ。


自分が他者にリーダーとして認められなかったとしても

リーダーの補佐役になってやりたいことができればそれでいい。


俺のやりたいことができて

現世と後世の人々の役に立てば

俺の命の尽きたあとでも俺の人生は報われる。

俺の計画に力を貸してくれた人たちもきっと報われる。


その日が来るまで、

OUR LIVES GO ON.





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