国営工場のマスクは、公用機に同乗して入国した。
異動をする官僚を伝手を手繰って捕まえて、一緒に乗せてもらったとのことで、社会主義国ならではの、民間工場では絶対にできない逆転技である。
(この国では国営工場以外と取引したら、自己責任なんだ……)
感謝と感動ばかりでなく、同時に冷や汗も出る。一つでもやりかたを間違えていたら、このマスクは受け取れていない。
そして、面子を賭けたとき、中国人が絶対に退かないことも肌身で知らされた。
改めても難しい国であると、痛感させられた出来事だった。

一方の民間工場は、多くのフォワーダーやバイヤーが船便の空きスペースに殺到した。どの荷室も募集と同時に正規価格以上のオプションを付けて完売し、民間工場産のマスクの多くが船便に詰め込まれて旅立った。民間工場産のマスクが高額で大量に余っているのを最近よく目にするが、せめて輸送機だけでも飛んでいればリアルタイムで需給が釣り合ったのに…、と、妙な悔しさを感じてしまう。

無事学校にマスクと消毒液が届けられ、ようやく一段落したGW明けのこと。
台湾経由のEMSでKの国マスクが届けられた。
国営工場マスクとメリーランド州から転送された繭玉消毒液が余りにもショッキングで、Kの国の代理人に発注をかけたことなどすっかり忘れてしまっていた。一時間以上後に、(あ、これ頼んだやつだった…)と。本当にそのぐらい頭に残っていなかった。
さて、どんな代物が入っているのやら?ーーー半ば怖いもの見たさで開封すると、極めて上質なマスクに拍子抜けしてしまう。
(もっと買っておけばよかった…、だとしてもこれは一体どこで作った…?)
荷物の底に折り畳まれた箱を組み立てて、産地を探す。暫く凝視してやっと中国の工場で作られたものだとわかった。
が、何にも増して、私は蓋から目が離せなくなった。でかでかとプリントされた意匠は、六芒星!どうして、Kの国に!?なんで六芒星が!?
ーーー調べて、イスラエルの会社が中国工場に発注して作ったメーカー製マスクであり、それは支援物資として国際機関からKの国に送られたものだとわかった。
○H○が、ユダヤ人に支払いをしてKの国に人道支援を…、それを政府が転売して現金化して……、、、、。。
Kの国は川一本渡れば中国なのだから、○H○も、わざわざイスラエルに発注せず中国の国営工場にでもオーダーしていれば話も早く、もっと安く済んだだろうに、どうしてこんなややこしい迂回貿易みたいな真似をしたのだろうと、闇の深さにぞっとしてしまう。拠出金の使い方が明らかにおかしい。トランプ大統領が言うように、いっそ解体されちゃってもいいんじゃないかな!?とか考えてしまった。

5月の中旬をすぎると、アメリカに押収されたマスク類の返却や清算が始まった。
忘れていたN95マスクの消息も、支払いを受けられず半狂乱になったパキスタンの業者から知らされる。
数が少数というか中途半端すぎたので返却されることになったそれは、何故かアメリカ軍属用輸送機でのんびりと一筆書きで配達されることになった。(フィリピンに向かったときには、どうしようかと思った)沖縄で解放されるかと思えば通り過ぎた神奈川でようやく郵便局に委託され、5月30日に世界を2周ぐらいしたズタボロな外装で届けられた。

かくして、後1日で5月が終わるギリギリの状態で、マスクと消毒液は整ったのだった。

だが、しかし。
押収の余波は衛生用品以外にも及んでいたと知らされたのは、翌日31日のことであった。

・・・5に続く。

コロナ以前の国営工場売り渡し価格は日本円で2円/枚(送料別)が設定されていたのだが、4月半ばにさしかかる頃には市中相場は75円/枚、小口卸売相場は65円/枚(送料別)にまで暴騰した。
比較的早い段階で卸価格をこまめに切り上げた半官半民〜民間認可工場と異なり、国営工場は最後まで出遅れて、結果担当者曰く【命の危険を感じる】ような価格差を呈するようになった。(国営工場の従業員の家族が誘拐され、在庫の横流しをするよう脅迫されたり、無理に売るように暴行を受けたりしたケースもあった。最終的に国営マスク工場は強奪襲撃が予想されると言われて軍隊が警護し、従業員は家族ごと社屋に寝泊まりするようになった)
再送時の一律価格は11円/枚。11円のものを安価で出してもらうのだから、申し訳ないにも程がある。もう二度と再送したくないので、というのは当然の感情で、返金処理でキャンセルせず、取引に踏みとどまってくれた事には感謝以外の言葉が無い。

マスク相場が暴騰しきり、中国の供給状況にも大きな変化が現れた。
国営・半官半民・民間(認可工場)
の3ラインだった供給元に、新たにマスクだけを急遽製造する膨大な数の新興製造所が加わった。多くは衣服関係の工場を転用したもので、品質は玉石混合。ここに至って世に知られた【粗悪マスク】というものが誕生する。また、従来の供給ラインであっても、24時間ノンストップでフル稼働を行った結果、検品が雑になり、ヒューマンエラーが頻発し、品質は確実に低下した。
4月の中旬、中国税関は輸出マスクに厳重な検品を要求し、検査待ちのマスクは税関から溢れ出て一時保管で稼ぐ輩まで出現した。
これ以上なく細く乏しくなった流通経路に最後のトドメになったのが、航空機の完全停止である。政府公用機か民間チャーター機以外飛べない状況は2週間近く継続し、フォワーダーの中には自宅をマスクに占拠されて自殺する者も現れた。

成田の盗難事件以降、状況を打開しようと、私達は中国を避けて多方面にマスク供給の糸口を探った。特に有望だったのは、韓国ではない方のKの国。陸送でロシア方面に輸送できれば、日本海を渡る可能性も増えてくる。同時にパキスタン、モンゴル、インドも候補に上がった。
伝手をたぐってたぐって手繰り寄せたKの国の代理人は、初っ端から日本語で
「ご存知の通り、我が国には未だ一人もコロナ患者が出ていないので、我が国にマスクは不要なのです」
と、のたまった。
(まるで幸福○○学のアンケートのようだった。”大○○法が仏陀の生まれ変わりと知っていましたか?ーー知っていた・今知った”、的な…)
確実に入手するための取引でなければ、即座に受信拒否したくなるような相手であったが、隙間隙間につっこんでくる彼らの主張に否定も肯定もせず取引を続けるのは、精神的に酷く疲れる作業だった。送れるなら送ってみろ的な態度になってしまっていたと思う。何が出てくるのか好奇心もあり、激安だったので少数取ってみることにした。
他にも多国から最悪でも学校に贈る最低限の数だけは整うよう、取寄せを行った。
因みに、Kの国マスクがウラジオストクに到着する前日、ウラジオストク空港は閉鎖してしまう。Kの国が絡むとどこまでも運がないように思われて、悪いことはできないものだと苦笑しかできなかった。

打つ手を全て打ったが、状況は刻一刻と悪化する。
途方もない閉塞感のなか、パキスタン経由で取り寄せたN95マスクまで消えた。
(馬鹿なことを…DもFもアメリカ絡みは絶対に使うなと言ったのに、何故Uを使う…)最後まで出てこなかったらキャンセル処理以外無いだろうと速攻で諦めてN95マスクのことは頭から締め出した。
精神的なストレスで体調は激しく悪化し、N95マスクなどどうでもいい、というのが本当の所だったのかもしれないが…

飛行機が飛ばない以上、殆どの業者はキャンセルを希望した。中には異様な高額でチャーター便をふっかける業者も居たが、そんなのに関わってアメリカに押収でもされたら悔やんでも悔やみきれない。
解決できない難題を抱えたストレスで、オプションを払っても良いのでキャンセルさせてほしい、と申し出てくる業者すら出た。関わった当事者全員が何もできない、どうにもできない。殆ど全員が手を引きたがる中、最後まで踏みとどまったのは、私と関わることで損しかしない国営工場の担当者だけだった。
銭金の問題ではなく、これは大面子に関わる大義であると。
私達が膠着状態に陥る中、彼らは人脈をフル動員して、国営工場ならではの離れ業、最後の一手を繰り出した。

4月21日の晩、全ての航空機が止まった中、
「マスクは明日日本に到着します。ただし、荷解きに時間がかかるので、到着してから日本で待つ、でも必ず到着できる」
と、連絡が来た。
教えられたトラッキング番号は、中国の国内運送会社のもので、本来こういった国際輸送には不向きであるように思われた。
何がどうなっているのか把握できないまま、トラッキング結果は刻一刻と日本に近づいてくる。4月22日の早朝、それは関西空港に到着し、SFexpressに引き継がれ、5つの小口荷物に分けられた。

旅客機も貨物機も依然として飛んでいない。奇跡としか言いようの無い現象が目の前で起こった。
SFexpressのトラッキング番号が全て輸送開始してから、私は小学校に連絡を入れた。

一方で、珍事もあった。

GW明け頃、アメリカの知らない相手から、ガムテープでぐるぐる巻きにされた巨大な繭玉がEMSで届けられた。開封に2日かかった繭玉の中には、未使用の消毒剤が、覚えのある本数入っていた。
発荷はメリーランド州の端っこの方にある小学校。マジックで箱に書かれていた(開封後に判明した)メッセージには、政府が配布した物資のなかにこの荷物が伝票ごと入っていた。どう見ても間違えて届いているので、職員で話し合って宛先に送り返します、と。
様々な感情が去来して、もう、どうしたらいいのかわからなくなった。
ーなんで、政府は箱ごと支給したんだろう?せめて開封していれば…
ーどうしてこの人たちが送料を負担して送らなければならなかった?
ー本当に善良な人々には申し訳ないことばかりなのだけれども、これは本来政府がやらねばならないことで、何故ここの先生方が?
ーちょっといい話っぽく最後なってしまって!どうして?私は彼らに感謝しなければならない………
ーこの梱包にガムテープ何本使ったんだろう……?貴重なアメリカ国民の税金を…

全て考えるのを停止して、直ちに寄贈先の小学校に持っていった。精神的なショックが大きかったせいか、その晩は食事が喉を通らなかった。
個人では受け止めかねる処理しきれない出来事ばかりだった。

・・・4に続く。









3月最終週から4月第一週にかけて、中国のマスク相場は半日おきに暴騰を繰り返した。
国営工場の担当者から聞いた話では、4月に入ったら一律の売り渡し価格が切り上げられるらしい、と。
当時、という表現を使うには余りにも最近のことなので戸惑うのだが、コロナ以前のマスク生産は、
・国営工場(軍隊系と医療系)
・半官半民工場(外国資本との合資会社)←日本の各種医療メーカー等
・民間工場(医療系と民生系)←廉価メーカー等の下請け等
の3種があり、各サプライヤーはそれらをミックスして調達したものに利ざやを乗せて小口販売をする形態をとっていた。
国営工場としては、市中価格がどれほど暴騰しても、価格の縛りがある以上は迷惑以外の何者でもなく、リアルタイムでやり取りをしていた感触では、彼らは一連の騒動を災厄、として受け止めていたように感じられる。
アメリカのフォワーダーとの賠償交渉に於いて、最も問題になったのは売り渡し価格の切り上げだった。最終的には旧価格で再び出荷する為に、【国家の財産を商用転用して外国で私財を蓄えない】旨の誓約書と身分証明書、寄付先の小学校の証明をFAXで送ることが必要になった。
在庫が確定し、いざ発送のアレンジを行う時点で、先方から発送方法については全て任せてほしい、アメリカの会社を介入させたくない、ーーーこの先どれほど値上がりしても、私達は旧価格で出し続けなければならないので。というリクエストがあり、私は何も考えずに同意した。
寄付先の小学校からは、マスク在庫が残り50枚を下回ったという連絡があり、やむを得ず非常用としてEMSで台湾から100枚ほど取り寄せを行った。とにかく、確実に着荷させなければならない。打てる手が少なくなっていき、恐ろしい焦燥感が襲ってくる。
今一体何が起こっているのか、全貌が把握できない。
異様な緊張感が継続する中、ある日、フランス軍が自国に輸出されるマスクを護衛する為に中国の空港に派兵した、というニュースを見た。
自分も成田から盗まれたばかりだったので、必要な措置だったかもしれない。。。と。まるでマスク戦争だな、、、等、気持ちは塞いだが、まだそれが自分自身の身に直結する問題だとは考えられずに居た。

そんな中、消毒剤がアメリカの大手輸送会社(成田でマスクを盗まれた会社とは別)経由で発送され、香港に到着した。積み替え待ちである旨、通知が来た。
(よかった…、せめて、休校中に学童保育で出てきている子どもたちの為に、消毒剤だけでも届けられれば…)
私はこの時点でもまだ自らの置かれた立場がよく理解できていなかった、と痛感させられる。
数日後、消毒剤は
ブリュッセルの空港で積み替え待ちになる。
(なぜベルギーに?????)
彼らが最後に向かった空港は、ワシントン国際空港。
荷下ろしと同時に、トラッキング番号は【無効】になった。

自分が何に巻き込まれているのか、ようやく理解できはじめた頃である。
もしかすると、
アメリカの業者を介入させると、
絶対に荷物が届かない恐れがある・・・・・・?????

消毒剤のサプライヤーに連絡をしたところ、社員をすっとばしてCEOのWeChatに連絡するように指示された。
CEOは丁重に謝罪し、こう告げた。
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Your parcel  was confiscated by US military.
  米軍が、あなたの荷物を押収した。
President Trump ordered.
  トランプ大統領が命じた。
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トランプ大統領が、マスクと消毒剤の輸出を禁じる命令を出したことは聞いていた。
私はそれは、アメリカ国内で適用される話だと理解していたが、事態は想像の斜め上にすっ飛んでいたのである。

アメリカの輸送会社が荷受けしたマスクと消毒剤は全てアメリカのもの。
私の消毒剤は香港の空港で押収されていた。

CEOによれば、輸送会社に補償を求めたが、調査中の一点張りで1セントも支払われない、輸送代だけ、来月返すから、そういう規約だったでしょう?と。
成田で盗まれた会社は商品代金を支払うだけ全然マシな対応だったのだ。
大勢が被害に遭っているので、中国政府に相談する。こんなことが続いたら私達は倒産してしまう。とCEOは言い、届けられないことを許してください、と繰り返してWeChatの会話を終えた。

パニックになった私たちはDHLやFeDex、UPSといったアメリカ大手輸送会社の輸送約款原文を精査した。もちろんそんなことどこにも書いていない。大幅に譲って、アメリカ国内を通過している最中に巻き添えになる可能性はあるかもしれない???しかし、そんな馬鹿なことを許す条文など、どこにも無い。
どこの国のどんな法律であれば、外国の空港に軍隊を送って貨物を押収することができるのか?????そもそも世界中に点在するアメリカ大手輸送会社の保管庫は法的にアメリカなのか???????奴らは大使館員か何かなのか???????

マスクを護衛するために中国の空港に派遣されたフランス軍の意味がこの瞬間繋がった。
彼らが構えていた自動小銃の先にあったもの。
それは、中国人ではなく、ーーーーー米軍だった!!!!!!!

折しも、ニューヨークでアメリカ政府がマスクを配布しはじめたニュースが報じられていた。
確実に、あの中に、私が発注して成田で盗まれたマスクが入っている。

そこから数日で、中国政府からサプライヤーに通達が入る。
「押収の危険があるので、マスクと消毒剤は公的機関か大企業宛以外に発送を控えるように」
再送マスクは小学校宛に送ることになった。

小口中国貿易を生業にする転売屋の間で、中国政府からマスク禁輸措置が出た、と噂されたのはこの時期である。

小口輸送はEMS以外ではアメリカ系輸送会社が主軸であり、そこを抜いたら窓口は無いに等しくなってしまう。荷受けしてくれるフォワーダーを探すのにバイヤーもサプライヤーも苦しんだ。

それでもこの時期はまだ飛行機が僅かなりとも毎日飛んでいたのでマシだった。うまくアレンジさえつければ、荷物は移動できた。
この騒動の翌週、飛行機は完全に停止してしまう。
輸送レーンは破綻し、全ての物流が停止する恐るべき事態がやってきた。

どれほど望んでも国境を越えられない。
私達はあまりにも無力だった。

・・・3に続く。