「オランダ物」として日本にやってきた金魚は、
地政学的に上方(かみがた・西日本)で定着をした。

オランダ物とはいえ、
長崎から大阪へ直接輸送された個体が居たかどうかは怪しいものだと私は考える。

と、申すのも、「百年単位の時間」をかけて、原発地(長崎)から「伝播した」移動の痕跡が西日本に残されているからである。

金魚が入ってきてから日本に定着するまでの時代は、輸送手段が極めて拙く、街道の整備すらままならない時代である。

現代人の私たちがイメージする、生産地→消費地型の物流が始まったのは、江戸時代になってからである。

つづく。