空はどこから/猫の長靴 -30ページ目

空はどこから/猫の長靴

日記は苦手だけど、何があって何を思ったのか、あんまり分からなくなるのもねぇ(´Д`)
だからちょっとだけ、記録を残します。

今日はユルリラポの癒やし系のエース
れなし こと 新海令奈さんの誕生日、生誕ブログである



れなしに「初めまして」をしたのは昨年の6月8日――DORiveのお披露目だった
愛くるしいコだな、とは思った。でもそんなことは誰の目から見ても明らか

案外、男っぽいかも、と思い始めた頃、「れなし」の愛称が「れな氏」から来ているということを知った

そして れなしとユニットを組んでから、ツイートに次々とアップされる さっちゃんの変顔

――TOMBOY(腕白小僧)れなしの影響だな、と思った。

でも、笑顔はあくまでも愛らしく、ウィンクが得意で、綿毛のような文字を書く
「れな氏、女の子みたいだね」と言ったら、いたずらっぽく笑った。


このコにも怒る時があるんだろうかと思ったら、極たまに怒りのツイートがあったりして、なかなかにヤンチャなヤツかも?と思ったりもする

れなしの笑顔は 素っぴんの笑顔である
逆に言えば、ギラギラした野心を感じない

女の子が普通に職業を選ぶ――れなしの場合、それが芸能界だった――そんな感じがする
コーヒーショップの店員でも、千葉農協の事務員でも良かったのかも知れない。
でも、人並み優れた器量と、これまた驚く程のスレンダーなスタイルを持っていたからプラチナムに入った。
当然のことのように、ピョコンとココにいる――そんな感じがするのだ


例えば――
私と妻がカフェで寛いでいると、姪っ子が入ってくる
「オトモダチの令奈ちゃん」
その子はクリクリした笑顔で会釈する
ウェイターに頼んで、あっちのテーブルに特大パフェを2つ
それを見て「あたし、甘いもの苦手なのよね」とワガママな姪っ子
オトモダチの令奈はペロリと平らげて、ペコちゃんみたいに舌を出す
気のいいオトモダチだね
それが私の れなしイメージである

















――などと締め括っても、珍しくもなんともない!
れなしが愛らしいって、誰が見ても当たり前

もっと飛躍して考えてみる

私は薄々気づいている
実は、ユルリラポで一番エロいのは、れなしなのである

この場合のエロティシズムは、肌の露出のことじゃない、胸の大きさのことじゃない――瞳の奥に潜む魂の妖艶さ、耽美的な色香――小説で言えばポール・ギャリコ的な(?)  エロティシズムである

セクシー・ビースト、れなし!
実は生誕ブログのテーマはそれにするつもりだった……
でも、間に合わなかった(汗)


超スレンダー、ツィッギー・れな枝
パンツルックが憎いほど似合う

いつか、そのエロティシズムの謎を明かして『ゆるりら探訪記』に記すつもりである
……怒るかな?


そんなわけで(どんなわけだ?)

れなし、お誕生日おめでとう

これからも綿毛のような れなスマイルで
HAPPYを飛ばしておくれ


……むちゃくちゃ書いて済まぬ

メキシコ映画だったな
主人公がヒロインに送った恋文に記号が並んでいる
「○○ХХ○Хх……」
ヒロインがそれを読み上げる
「ハグ・ハグ・キス・キス・ハグ・キス・小さいキス……」

へえ~、と思った
記号も言霊(ことだま)になるんだね
しかもこんなに温かい


先日、デザインフェスで注文した文字が届いた
何を描いてもらったかって?

これさ


『空はどこから』
この書体の「空(そら)」――その大らかさ、柔らかさが素晴らしくイイ!

空海の空(くう)、円空の空
空を悟ると書いて悟空w


かつては、空と並んで「無」という字も好きだった
座禅にはまっていた頃(流行りでやるもんじゃないけど)
壁に「無」一文字の掛け軸を貼って、その前で座っていた

「空」も「無」も、からっぽのようでいて、どこか質感がある、何かが詰まっている

「何か」の正体は分からないが「分け隔てをして考える」という理屈・分別を必要としないものが、そこにある

「なにもない」のではない
「差別がない」のだ

黒白の区別・計りごとが無い
想いはあるが執着心は無い
だから、「空」の字は、みっちりと詰まっていて、丸いのだ


これを書いてくれたのは、この人


書道家 福岡香花さん

もうーつのブログタイトル『猫の長靴』も書いてもらおうかと思ったけど、これは詩になっていないから止めた


代わりにもう一枚、お気に入りの「言葉」をリクエスト
でも、どうやら命名書の名札だと思われたらしい

はっきり伝えればよかった

この文字、この言葉は、私にとっては詩であり、祈りなんですよって



ウィンクしている大きな「幸(さち)」の字

そして――「幸子に幸あれ」
そうか、あの人はこの世にいないのか
と、ふと思うことがある
その人がいなくなっても、私はメシを食い、ウンチをしている
私が死ぬのはいつ頃なのかな、と思う
私がいなくても、みんなメシを食ってウンチをするんだろうな


水木しげるさんが亡くなった
もう、いつ亡くなってもおかしくない大往生だ
元々、この世とあの世の区別もはっきりついていたのかな
「じゃあ、そろそろ」とばかりにヒョイとあっちに行ったんじゃないかな


私が大人・水木しげるに感じるのは――計らいの無さ
自分の作品の評価とか、価値観とか、それが世間に理解されるとかされないとか――
キャラクターが時代に迎合して、どんなに甘っちょろくデフォルメされようとも……
何にも気にしない
チンケな自尊心など、持ち合わせちゃいない

NHKドラマ『総員玉砕せよ!』のワンシーン
水木しげる(演じたのは香川照之さん)の現在の姿――アイスキャンデーを頬張り、パプア・ニューギニアでトペトロ達と踊っている8ミリビテオを見ている――飽かずに何度も見て、ガハハと笑っている


お天道さまと米の飯はついてまわる――
落語ネタ、勘当された若旦那のセリフである。苦労知らずの若旦那はそのあと行き倒れで死にかかる

お天道さまと米の飯――大人にこそ、この言葉が似合う
なんか、頑張って生きてたら、米の飯がついてきた
なんか、戦友の5倍近くも生きちゃった


2005年の映画『妖怪大戦争』
プロデュースは水木しげる・荒俣宏・京極夏彦・宮部みゆき……凄いね

クライマックス、大人は妖怪の惣領の役で特別出演する
駕籠(かご)に乗って悠然と現れ、締めの一言

「戦争はいかんです  腹が減るだけです」



大人、ホント、お疲れさまでした
ご冥福をお祈りいたします



寒月や ねずみ男に 花一輪