初めて知ったのは中学か高校の教科書。
日本人なら、大抵そうだろう。
上野で開催されている特別展、風神雷神を見に行った。

実物を観るのはニ回目である。
初めて観たのは十数年前、京都に住んでいる時。
建仁寺での特別公開だった。
お寺だから、靴は脱ぐ。
石庭を眺めながら回廊を渡り、展示室に入る。
薄暗い広間にカーペットが敷き詰められていて、ガラスの向こうに金屏風──
風神雷神が淡い照明に浮かび上がっていた。
ふう、と息が漏れた。
予想とは完全に違っていた。
日本の美術史上、屈指の巨匠の代表作。
どうだ!
芸術だぞ!
凄いんだぞ!
──と、威圧してくるのかと思ったら……
なんだろ、この脱力感。
宗達先生、最晩年の作品。
力みも脂も抜けている。
なんと愛嬌のある枯れぐあい。
観ていると、次第に呼吸が深くなる。
頭が涼しくなる。
空気に微かな甘味を感じる。
──これは、座禅が上手くできた時の感覚に近い。
カーペットにあぐらをかき、ぼけ~っと眺めた。
ふう~、と大きく息を吐く。
ふう~、で10分
ふう~、でもう10分
どれだけ其処に居たことだろう。
グッズがほしい、と思った。
でも、印刷されたレプリカでは伝わってこない。
陶芸店で鉢を見た。大きな鉢の外と内に二神が分けて描かれている。大きな絵柄は迫力があった。
でも………
清水寺の参道で見つけた時、これだ!と思った。
↓西陣織の錦絵

風と

雷

いいな~、欲しいな~
値札の丸を数える。
一、十、百、千、万……ん?
もう一度、一、十、百……ん?
店員さんを呼んで指を指す
これ、ホント?
二万円だった!
かくて、我が家で初の家宝となった。
さて、東京にて再会。
初見での感動の記憶が損なわれるかも、と心配だったけれど……
やっぱり良かった!
でも、印象が違う。
初見の時のような脱力感がない。
むしろ力強さを感じる。
老境の宗達先生の筆、
雄渾である。
美はそれを見るものの眼にある──
絵は変わっていない。
三十代から五十代へ──ファイミルが変わったのだ。
ここでは地べたに座れないので、後方の壁にもたれて眺め続けた。
深呼吸~胸が涼やかになる。
やがて、
会場そのものが一幅の活人画のように思えてくる。
主役は二体の神。
その足下で人間どもが、うごめいている。
人間の頭が波のようだ。
ある時は寄せ、ある時は返す。
人の波が捌けた時、金箔の空間が現れる──
ふと、頭に浮かんだ。
引き締まって精悍そうな風神
白い肌に赤い髪の雷神……
「風神雷神ってさ、アッキーとルナに似てるよね」
「そういう例えは止めなさい」
妻にたしなめられた。
満腹な思いで会場を後にする。
あ、そうそう
ブログ用の写真、撮らなくちゃ……
はしゃいだファイミル、人目もはばからず。
例によって苦笑する妻。
ふうちゃんとふぁいちゃん

らいちゃんとみるちゃん

一応、阿吽(あ・うん)の表情を作ってみた。
う~ん、
脱力感……
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