火曜日の昼、妻からLINEが入った。
「病院行ったよ。去勢も済ませたよ」
──そうか、やったか
裏庭でエサをやってた頃、雄猫が数匹、徘徊し、チビ達用に穴を開けて作ったコンテナの寝床に小便をかけていった。
縄張りを示す匂い付け。
月子たちは無抵抗だった。
妻は水鉄砲でヤツらを撃退した。
アキ・ケイを家猫にするということは、子どもを作れなくして、彼らだけの生命を守る、ということを意味する。
月子が寿命を削って産み育てた遺伝子を、私たちは断ち切った。
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かつて──
ふぁいの去勢のタイミングは測りかねていた。何しろまだ小さかった。
ある日、見知らぬ猫と並んで近所の家の庇にうずくまっているふぁいを見かけた。
妻が言うには、性器からオレンジ色の液が染み出していたらしい。
妻は慌ててふぁいを獣医に連れて行った。
もともと図体が大きく、色気づき始めていた雄猫の「みる」も、とばっちりを受けた。
そして、2匹は去勢された。
オスは出っ張ったモノを取るだけだが、メスはお腹を切るからつらい。
傷口を舐めないように、妻はふぁいのレオタードを作った。
私の防寒タイツ(レギンスみたいなもの)の足裏に掛ける部分を2つに切って、ふぁいの肩掛けにした。
ヨモギ猫のふぁいに、グレーのレオタードは悲しいほど似合っていて、愛らしかった。
麻酔が醒めかけた頃、ふぁいはヨロヨロと身体を引きずってトイレに向かい、トイレの中に嘔吐した。
このコはレディだ、と思った。
「ふぁいちゃんごめんよ。パパも子どもは作らないからね……」
「なに言ってんの」妻は笑った。
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暴れるアッキを、妻は洗濯用ネットに入れたまま病院に運んだ。
車から降ろす時、地面に取りこぼした。
ネットに入ったまま走り出した──その姿は「たたり神」のようだったとか。
診察台に載せられた時は、もう恐怖で声もなく、瞳孔を見開いて硬直していたらしい。
私が帰った頃、チビ達はゲージの中に納まり、相変わらず文句を言っていた。
思いの外、元気だった。
やっぱりオス猫は簡単なんだな。
玉のあったところは今もぷっくり膨れている。何でもサヤのような物があって、いずれはしぼんでいくんだとか。
こいつらの玉だけ取って、申し訳ないから、オレも取っちゃおうかな、どうせもう使わないし……
と言ったけど、妻には相手にされなかった。
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その夜──
アッキが脱走した。
何やらガチャガチャ音がするとは思っていた。
ゲージの格子をくぐり抜け、網戸をガタガタいわせてやっと開いた隙間から外に這い出した。
その幅、わずか3センチ──こいつの頭はどんだけ平らなんだ!?
ケイタはゲージのそばでキョトンとしている。
兄弟でこんなにも骨格が違うのか
そして性格も──
アッキはどんな恐怖感でこの格子を抜けたのか。
そりゃ恐怖だろう。監禁され、ネットに詰め込まれ、玉まで取られた。
もう戻ってこないかも知れない。
妻は庭にエサを置こうと言い出した。
他のオス猫にもエサをやれば、アッキも再び油断するかも知れない。
いっそ近所のオス猫を全部捕まえて去勢してしまおう──
なんだか無茶苦茶である。
身重の月子は、相変わらず一日2回のペースでエサを食べにくる。
もう出産間近。
アキ・ケイの行く末を気づかう余裕はない。
もちろん、私たちには懐かない。
近づくとフーッ!と威嚇する。
あの恐怖が、アッキにどれほどのトラウマを与えただろう
……と思っていたら、呆気ないほど早かった。
翌日には姿を現し、その次の日には再び家に閉じ込めた。
楽に食料を得ることを覚えてしまったから?
恐怖よりエサ……猫って愚か?
それって「人間」より……愚か?
とは言え、やっぱり懐かない。
外に出ようとして、ガラス戸に飛びつく──ガラスは肉球から染み出す脂まみれだ。
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土曜日、私たちはペットショップとホームセンターをハシゴした。
ふぁいのお古しかなかったカゴをもう一個買い足し、流水タイプの水皿にパンチング出来る猫オモチャ。
妻はホームセンターで格子板をごっそり買い込んだ。
これで窓から逃げ出さないよう、工作するんだとか。
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かつて──
京都から札幌のマンションに引っ越した時、
「ふぁい・みる」に外の空気は嗅がせたい、でも隣のベランダに入り込んだり、柵から落ちたりしてはまずい
というので、隣との隙間を目張りし、ネットでベランダを覆った。
入居の挨拶廻りの時
「ベランダに細工してますが猫のためです。怪しい者ではありません」と説明した。
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今、チビ達は家の中を自由にうろつき廻り、時々窓際で網戸をガリガリと引っ掻く。
私たちが近づくと振り返りながら逃げる。
でも逃げるスピードは次第に緩慢になってきている。
時折、アッキですら背中を撫でさせる。
チビ達の気持ちはどうあれ、私たち人間は勝手に決めている。
ずっと一緒だよ
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