浄穢不二~山岡鉄舟 | 空はどこから/猫の長靴

空はどこから/猫の長靴

日記は苦手だけど、何があって何を思ったのか、あんまり分からなくなるのもねぇ(´Д`)
だからちょっとだけ、記録を残します。

高校の現国の授業、『色即是空』という言葉が出てきた。
この意味は?
と指されたのが私だった。

「はい。男女が愛し合うのは空(むな)しいことです」

一瞬、教室が凍りついた。

以後しばらくの間、私は「すけべ野郎」と呼ばれた(・_・;)




色即是空は『般若心経』の中でも有名な一節。
もちろん「男女が~」という意味ではない。
それも含んではいるけど…


さて、般若心経には『不垢不淨(ふくふじょう)』という一節もある。

不垢不淨、言い換えれば『淨穢不二(じょうえふじ)』


そこで、山岡鉄舟
鉄舟は幕末の英傑である。




戊辰戦争。
薩長軍は東海道を攻めあがる。
数日中には江戸が火の海に、という時。

勝海舟は盟友、鉄舟に交渉を託す。

鉄舟はホイ分かったと引き受け、家に帰ってお茶漬けを掻き込むと、トットットッと敵陣に出かけていった。

そして西郷隆盛と会って江戸無血開城の話をまとめ上げ、再びトットットッと帰ってきた。

剛胆、気負いなし。


江戸の街を戦禍から救った名シーンなのに、ほとんどドラマに描かれない。

あまりに淡々としていて、
泣いたり叫んだりが好きな「ドラマの世界」には馴染まないのだろう。


鉄舟は禅の達人であり、剣の達人であり、書の達人であった。

清水の次郎長と親交があり、『度胸一番』と書かれた鉄舟の書は、次郎長の生涯の家宝となった。

浪曲人情物のヒーロー次郎長と、そういう世界が似合わない鉄舟。
どちらも度胸の人であった。



鉄舟のエピソード
パターンは二つある…

宴席で門下生が、
あるいは道端で乞食が、
ゲロをはいた。

鉄舟はそのゲロに口を付け、チュウチュウと吸ってしまった。

驚くお付きの者に、ケロリとして言った。
「なあに、淨穢不二の修行をしただけじゃよ」

この話、鉄舟にしてはケレンミが有りすぎる。
もっとも、鉄舟にしてみれば、ただやりたかっただけ、ということかも知れない。




以下、私の素人解釈

清浄と穢れ、
そこには何の境界線もないんだよ。
区別がないから、ゲロもまた、キレイでも汚くもない。
それが仏教の教え。


例えるなら…
器の真ん中に仕切りを立て、左右に白と黒のドロリとした液体を入れる。
すっと仕切りを抜き去ると、2つの液体は、何となく混ざる。
完全に混ざり切ることもないが、すでに別のものでもない。


私はこれを、世の中は「だいたい」で出来ている、と解する。


日本の古いお寺には、脇に神社の祠がある。
仏教が伝来した時、土地神さまを一緒に祀って、
「まあ、仲良くやりましょうや」と言うわけだ。

数ある宗教の中で、これほど排他性のない、のどかな信仰は珍しい。


明治政府は『廃仏毀釈』で仏教弾圧を行った。
日本は現人神(天皇)の国、神道の国だから、仏教は邪教だ!
と言うわけ。
明治政府最大の悪政の一つ、大馬鹿である。

いいじゃないか、だいたいで。

白か黒か、0(ゼロ)か1(イチ)か、区別したがるのは西洋思想。
エンジニアの世界では必要だろう。だいたいの寸法で橋は造れない。

でも、人間の精神世界は「だいたい」でいいんだよ。

キレイ?汚い?
美しい?醜い?
そんなのいいじゃん、どうだって。

それを形で示したのが鉄舟のエピソード。



ちなみに、今の妻とその友達と、酒を飲んだ帰り。冬の札幌だったな~。
タクシーを待つ列に並びながら、私が何かの拍子で
「ミソもクソも一緒」(いわゆるミソクソ)と言った。
その女の子は
「ミソとクソは違う!」
と言い切った。

後で聞くと、そのコは幼い頃、肥溜めに落ちたことがあるらしい。

う~ん、そりゃミソとは違うよね(^0^;)








Android携帯からの投稿