宮津の道の駅からしばらく走って山の中に突入し、とんでもない坂道を登りきった所に成相寺はありました。
 

 

地図の中心の第2駐車場に車を停めて本堂ヘ向かう。

 
 
駐車場から少し歩いた所におられる一願一言地蔵。
一つの願いを一言で言えばどんな事でも必ずかなえてくれるという謂れがあるとの事。
私も一言お願いしました・・・あれからしばらく経つけど叶ったん?叶ったの?うーむなことになっている(笑)
多分・・・叶います。
何か思う形と違うけど、それは私があまりにも端的なお願いをしすぎたのかもしれません・・・。
 
 
一願一言地蔵様の後ろには観音堂がありました。
逆光で綺麗に写らなかったのです・・・。
中には三十三所の観音様が並んでおられました。
 
 
お地蔵様の前の階段を上がった所に本堂があります。
とても古くて大きな建物・・・。
ご本尊様は聖観世音菩薩が祀られています。
お参りとご朱印を済ませて境内を散策します。
 
 
本堂右奥に十王堂という建物があり、左側に孔雀明王が祭られていました。
右側は・・・どなたやったかしら・・・。
写真が消えてしまったのでもう思い出せない・・・ごめんなさい。
 
 
孔雀の上に蓮台を置いて座っておられます。
孔雀の色が鮮やかで・・・インドちっくだなぁと思ってみたり・・・。
 
 
本堂と並んであるのが熊野権現社。
この建物の中にお社がありました。
やっぱり熊野信仰と関係があるのかなぁと思う。
 
 
本堂向かいにいらっしゃる慈母観音様。
足元の右側のお子がこっちを向いている表情に・・・笑ってしまう。
ええ顔やわ。
 
 
慈母観音の前にある手水・・・となっているこちらの物体、鉄湯船という鉄製の浴槽だったものを手水鉢に転用しているらしい・・・。
鎌倉時代に作られたものらしい・・・・。
重要文化財に指定されていますが、説明がないとわからない・・・。
本堂周辺は一通り見たので上がってきた階段を下りていく。
同行のセンセと駐車場がちょうど上下の真ん中なので下側も見てみようとなり階段をどんどん下りていくと鐘楼があった。
 
 
「撞かずの鐘」と言う鐘らしい・・・。
 
慶長十四年、お寺で新しく鐘を作るために 村人から寄付を募った。
 一回、二回と鋳造に失敗し、三回目の寄進を募ったとき、 ある長者の妻はお金の代わりに自分の子供を寄進すると言い、寄付を断りまし た。 やがて鋳造の日、他の村人と一緒に長者の妻も子供を抱えて見物をしていました。 ところが長者の妻は誤って 煮えたぎるルツボの中に我が子を落としてしまったのです。 このような悲劇もありましたが出来上がった鐘は美しい音色を響かせていまし た。 しかし耳を澄ますと子供の泣き声のように聞こえ、人々はあまりの哀れさに子供の成仏を願って一切この鐘を撞くことをやめ、 それ以来「撞かずの鐘」と呼ばれるようになりました。 
 
事前に聞いていたので哀しい物語は知っていましたが、実際目の前に立つと、当時の風景が浮かんできて切ない気分になる。
多分鐘の音を聴いたら一生忘れられないんだろうなぁ。
 
 
駐車場の料金所を過ぎ、池を通り過ぎて五重塔へ。
この頃には空は青空で、朱色の塔と空が映える。
手前の白い雪が積もったように見える気は花水木のような花がたくさん咲いていた。
なんて言う花だったんだろう・・・。
 
駐車場から本堂が近かったので、コンパクトなお寺なんかな?と思っていましたが、さすが山寺、そんなこと無い(笑)
続きはまた明日!(明日きちんとUP出来る様にしよう・・・)
 
★公式HPは結構詳しい仏様や境内の説明がありました。