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梅仁丹のブログ

ソーシャルワーカーになりたい社会福祉士の日々思うこと


久々の更新です。




最近は喜ばしいことに、


ケアマネ業務、後見業務ともに忙しく、


また会社のことも考えていたので、


ゆっくりブログを書く気持ちの余裕がありませんでした。





さて、


ケアマネ業務です。


介護報酬の改定により、1割負担をしている利用者にとっては、


利用料金が変更になりました。




定期訪問の時に、


利用料金の変更について話をする機会が多かったのですが、


利用者が料金変更について、話すら聞いてなかったのが多かったのに驚きました。




今月は、


介護保険制度の改正によって、


各サービス事業所がどのようなサービス形態をとるかを確認してから、


利用者宅に連絡や訪問に行くようにしていました。




この月末になっても、事業所からの直接の説明がないという家が多々ありました。



結局、ケアマネが一手に引き受けて説明しなきゃなんないのか。


なんて思いながら。




無論、


ケアマネにも給付管理業務をする以上、料金を説明する義務はあります。




ただ、ひとつ言いたいのは、


利用料金(1割負担部分)はサービス事業所が請求するもの。



そうであれば、


直接事業所が利用料金を説明するべきです。絶対に。



利用料金を知らずに利用するなんて、他の業界にはありえない話だと思います。




100円のチョコレートを100円と知らずに買いますかって話です。



大げさですか?






デイサービスは、


7~9時間提供を選択する事業所が多いです。


ある利用者が「時間が伸びるのは嫌だ」って言ってました。



今更、事業所変更できないんですよ。


「なじみの関係」を壊すから。



利用者が、置き去りの状況になっています。






そういえば、


つい最近まで、提供時間の変更を利用者に説明していない事業所もありました。



問題外ですね。

































大きく括ってしまいますが、


「福祉関係」の仕事に就く人は、


いわゆる「いい人」であることが条件みたいになっているように感じるのですが、



これが逆に、


「いい人でなければいけないのだ」という強迫観念になってしまって、


議論をしているときに「それを言っては元も子もない」の状態になってしまうことが多い。




たとえば、


高齢者の介護施設に勤めていた時に、


夜間に徘徊し、他の人の部屋に入る利用者がいるが、なかなか思うように対応ができない。



このような状況になったとき、


私は正直、「めんどくさいな」と思ってしまった口なのですが、


これに対して、


そのようなことを考えること自体、介護の仕事には向いていない、という人がいました。





そのような人は、


自分にある悪を認めようとせずに、


「私は困った人たちの為に介護の仕事をしているんだ」という正義感に溢れた人です。




経験上、


このような人は、利用者に対して評判がよくない傾向にある(と思う)。




初めて会う人や、


認知症の利用者に対して、


「自分はあなた達の味方ですよー」と、利用者に対して一気に距離を縮める。


いきなり会話を盛り上げようとする。


一方的にしゃべり続ける。



普段まったく知らない人に対してもそのような態度をとるのか。




まして利用者は年配の人だ。


我々より、はるかに人生経験豊富な人たちなのに。





話がずれてしまったが、


このような人は議論をしても、


全くの現実離れした「利用者本位」や「精神論」になりがちである。


根拠がまったくない。



で、


とりあえず、自分の中にある悪を認めること。



「いい人」でなくていい。




それより、


利用者にとって、


知識と技術を持った信頼できる支援者であることを目指さなきゃならないと思う。












ついでに。




これは、


普段の生活にだって同じことが言える。




人の不幸が蜜の味だったり、


自分のコンプレックスから、他人の不幸を願うこともあるかもしれない。



普段、そんなことは考えない人であっても、


状況や立場が変われば、十分そのような考えを持ってしまう可能性がある。



それが「人間」であって、誰にでも「悪」はあるのだということを、


自覚をすることが大切であると思う。



自覚して、考えが間違っていると自分の中で納得させるのも人間である。




変な考えを持ってしまったからといって、間違ってなんかない。





それを責めると、疲れるよ。




















今月は、被後見人が3人も亡くなってしまいました。




そのうち、1人は繋がりのある身寄りがなく、


便宜上、葬儀の手続きまで行いました。




亡くなった後に、


火葬場で親族が誰もいない状況を初めて目の当たりにして、


何とも虚しい気持ちになりました。




失礼ながら、


この人の人生はなんだったのかと…。





本人はこれまで長い人生を生きてきて、


赤の他人である私みたいな者に送られるとは、


まったくの「想定外」だったはずです。




分からないけど、


家族、友人、知人の中で、ひとりでも寄り添ってくれたら、どんなにうれしかっただろうと。







今日は、


こんなことを考えながら、


最近できてなかったケアマネの事務仕事や、


亡くなった方の事務整理、財産の確認、報告書の作成をしてました。




当然、


気分が乗らないのですが、これも後見の仕事です。




今日は他の仕事の電話はなく、


集中して仕事ができたので、良い日だったと思います。




明日はゆっくりしたいですね。