結婚6度目 今度は奥さんが逃げた!? -4ページ目

結婚6度目 今度は奥さんが逃げた!?

離婚歴5回。現在、六度目の結婚で妻と別居中!これってヤバい状況では 。。。

弟と妻が不倫関係にあった事がわかって、一番悲しんだのは義母だった。
 
 
妻から話を聞いた義母は、真っ赤に泣きはらした目をハンカチで押さえながら、
 
「○○っちゃん、本当に申し訳ない事をして。。私、もうどうしていいか。。」
 
 
「○○ちゃん、あなた、自分のしてる事が分かってるの?こんな事はもう人間のする事じゃないのよ。。」
 
 
義母は、ボクが高3の時に初めて出会って、その後、随分と面倒をみてもらった。
 
学校から停学処分を受けた時も、義母が「○○っちゃん、しばらくウチにいればいいから」と、義父を早くに亡くして母娘4人家族の中に、ボクの居場所を用意してくれたのだ。
 
 
 
 
当時、ボクは妻の家で生活をし、停学が解けると妻の家から学校に通った。
 
妻と二人で家を出て、それぞれのバスに乗り、帰りにはバス停で待ち合わせて一緒に帰宅する、そして夜は義母と妻とボクの3人が川の字になって寝る、そんな生活を数ヶ月続けたのだ。
 
 
 
そんな義母が泣きながら、諭してくれた人の道には、弟を含めたボクたち三人はもう戻る事ができなかった。
 
妻は、義母の言葉を聞きながらただ俯いていただけだった。
 
ボクは、もう自分たちの関係は元には戻れないのだと告げるほかなかった。
 
流せる涙はすべて流してしまったのだろう、話し終わった義母の目に涙はなかった。
 
これが女手ひとつで3人の娘を育てあげた母親の強さなのだと、そう思った。
 
 
 
義母が帰った後、妻がボクの部屋にやってきた。
 
この頃、妻は弟の部屋で寝起きしていたのだが、その妻が突然一人で部屋に入ってきたのだ。
 
「ありがとう、いろいろ。。」
 
黙ってボクの肩に頭をうずめる妻。
 
ボクの肩に冷たいものが流れるのを感じた。
 
どちらからともなく見つめ合い、唇を重ねていった二人。
 
 
この時、なぜ二人がそうなったのか?、なにか意味があったのか?
 
最後に重ねた身体の感触が薄れていくとともに、二人が共に暮らした6年の月日が思い出へと変わっていった。
 
 
 
と、これだけなら、まだ、弟に妻を寝取られたという話で終わったのだが。。。
 
 
実は、ここからちょっと複雑な話なのだ。
 
 
妻と不倫した当時、弟は付き合っていたボクの親友の妹と別れたばかりだった。
そして、彼女から弟と別れた事について相談を受けていたボクは、その事を通じて彼女との関係を深めはじめていたのだ。
 
そう、同じ頃、ボクも弟の元カノと付き合い始めていたのだ。
 
妻と弟の関係を知ったボクは、彼女と過ごす時間に逃げ場を求め、それまで以上に長い時間を彼女と過ごすようになっていた。
 
そして、いつの間にか、ボクと彼女は生活を共にするようになっていたのだ。
 
こうして、ボクと弟の元カノ、妻と弟、それに妹と妹の彼氏という3カップルでの生活がはじまったのだ。
 
 
弟と妹の同居で、気づいたらボクたちの夫婦関係は大きく変わっていた。
 
弟の同級生の一人が、ボクの友人の妹だったので、その流れで弟の同級生たちが我が家に出入りするようになった。
 
 
ただ、残念ながら、彼らの興味の対象は弟ではなく、学生結婚している先輩への興味だった。
 
大学の帰りに我が家に立ち寄って、炬燵を囲んでお茶を飲む。
 
そんな些細な事でも、彼らには十分に刺激的だったに違いない。
 
 
当時、1学年後から入学してきた後輩も、よく我が家に遊びにくるようになっていた。
 
ただし、彼の目的はボクではなく、ボクの妹だったのだが。
 
大学進学を取りやめた妹は、毎日、これといった仕事もせずにフラフラしていたので、この訪問者に少なからず好意を寄せるようになっていたようだ。
 
 
そんなわけで、ちょっと前まで学生結婚して狭いアパート暮らしをしていたボクたち夫婦は、毎日のように大学の後輩や友達が出入りする、今で言う「シェアハウス」の住人のような生活をする事になったのだ。
 
 
シェアハウスと言うと聞こえがいいが、ボクが主なのだから、その生活たるや推して知るべしであった。
 
 
そんな状態の中で、まず最初に起きた変化は、弟がボクの友人の妹と付き合い始めた事だった。
 
 
とはいえ、これについても、その頃、ある大学の宿直のアルバイトを始めていた弟のところに、彼女が出入りしているという事を聞かされただけで、実際に「付き合っている」という事を、どちらからも聞いた事はなかったのだ。
 
それに、友人を通じて、その妹とも親交のあったボクは、大学で出会えば一緒にお茶を飲んだりしていたので、弟の彼女という感じはなかった。
 
 
と、ある時、彼女から実はもう弟とは別れたのだと聞かされた。
 
別れたと言えばそれらしいが、実際には付き合っていたとも言えない関係だったとかで、その告白を期に、ボクと彼女との関係は意外な方向に深まっていった。
 
それまで、一度として女性として見た事のなかった彼女に、奇妙な好意を持ち始めたのだ。
 
 
そして、その変化は、すぐに妻の気がつくところとなったようだ。
 
相変わらず夫として自覚のないボクへの当てつけのつもりだったのか、彼女が寂しさを紛らわすために求めた相手は、事もあろうにボクの実の弟だったのだ。
 
 
12月のクリスマスも近いある夜、ボクと妻、そして弟、妹とボクの後輩の彼氏、そして数人の友人たちとで、ちょっとした飲み会をする事になった。
 
 
その日、少し酔った様子の妻は、やたらと弟に絡んでいた。
 
帰宅して、家族だけになった時、ボクは冗談で、
 
「そんなにいいなら一緒になれば?」みたいな事を言ったのだが、妻からかえってきた返事は意外過ぎて、とっさに目の前が真っ白になったように感じられた。
 
「だってねえ、もう、そうだもん。。」
 
 
たしかにボクは妻をほったらかしにして、外で好き勝手をしていたけれど、だからと言って、実の弟と妻が男女の関係になる事に寛容であれるはずがない。
 
頭の中が真っ白で、自分がどうすればいいのか分からないまま、ボクは夜の闇の中を彷徨った。

アパートの隣室に弟が越してきてからは、朝昼はそれぞれ別だったが、夕食は毎日一緒に食べるようになった。

 

僕と彼女は同じ年。

 

弟は4歳年下だった。

 

なので、3人で食事をしていると、まるで兄弟のような感じがしていた。

 

その頃からだろうか、隣の部屋に弟がいるから大丈夫だろうと、

 

夜遊びする事が多くなった。

 

後輩のアパートにしけ込んで麻雀に興じたり、

 

大学の後輩の女の子を研究室に連れ込んでは男女の関係を持ったりしていたのだ。

 

その頃、僕と弟はアパートで文字入力のアルバイトを始めていたので、

 

そうして遊んで帰っても、弟の部屋で朝まで仕事をしている事も少なくなかった。

 

当時まだ、文字入力ができる外注さんがあまり多くなかった事もあり、

 

僕と弟の仕事は順調に売り上げを伸ばした。

 

そして、弟が大学2年生になった春、僕たちは大きな一軒家に移った。

 

一階に3部屋と台所、風呂、トイレ、それに中庭があり、

 

二階には、階段を上がったところにある2畳ほどの小部屋を挟んで、

 

12畳と6畳の2部屋があった。

 

僕と彼女は12畳の和室、弟は6畳の和室に住む事になった。

 

こうして住む環境は変わったが、僕は相も変わらず麻雀と女におぼれて、

 

毎日ふらふらと過ごしていた。

 

そして、僕たち3人の空間に、また一人、新しい住人が加わった。

 

僕たちの妹だ。

 

 

その時の春、大学に進学するというので、

 

「お兄ちゃんたちと一緒なら安心だから」

 

という両親の希望もあって一緒に住む事になったのだ。

 

こうして、僕と弟と妹、それに彼女という4人の奇妙な共同生活が始まったのだ。

偶然、NKH紅白歌合戦を見たら、
大竹しのぶさんがエディット・ピアフの「愛の讃歌」を熱唱していた。

彼女、意外に歌が上手いんだ!と、生意気にも上から目線で思いながら、知らずに涙腺が緩んでいた。

今年は、本当にいろいろあって。

それでも、こうして生きている。

また来年も、頑張って生きなければ。

それでは、みなさんも良いお年を❗️

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一昨日、お盆休みのピークになる前にと思って、実家に帰省してきた。

 

やはり何歳になっても実家はいいものだ。

 

父がいて、母がいて。

 

そして、兄弟がいる。

 

「お前も一人暮らしでは大変だなあ」

 

と、6度目の結婚を知らせていない両親は、独身だと思っている息子の一人暮らしを心配してくれる。

 

5度目の結婚で、嫌というほど迷惑をかけた両親に、

 

「実は、あれからまた結婚したんだけど‥‥」

 

なんて口が裂けても言えない。

 

それよりも、いい歳をして一人暮らしをしているどうしようもない息子と思われていたほうが、まだ心配のネタが少ないと思うからだ。

 

それだけ前妻の残した傷跡は大きく、今でも両親の中に「嫁」に対する嫌悪の情を残しているのだ。

 

そんな息子でも、久しぶりに会う喜びで迎えてくれる両親には、本当に感謝の言葉もない。

 

そして、母のつくって手料理の美味しいこと!!

 

 

本当によい時間を過ごさせてもらった。

 

感謝!!