ディスコで遊んでいるところを奥さんと彼女に急襲されたボクは、それ以後、自粛するどころか、逆にそれまで以上に外で過ごす時間を増やしていった。
その当時、スポーツ用品店主催のテニス大会で司会をしてくれた女子学生との仲は、それが当たり前のように仕事帰りに彼女のマンションに立ち寄る関係になっていたのだが、彼女もまた自身の中に暗く深い闇を抱えていた。
ある夜の事だ。
フローリング床に直接敷かれた布団に横になりながら、二人で窓の外に輝く月を眺めていた。
突然、彼女の目から大粒の涙がこぼれ始めたのだ。
「どうしたの?」
「私ね‥」
それだけ言って泣き崩れてしまった彼女の肩を抱きながら、ふと奥さんと三人で暮らしている彼女から、母親の不倫がキッカケで両親が離婚し、残された父親が借金まみれで破産したという話を聞かされたときの事を思い出していた。
「私ね、大学の1年生の時に、赤ちゃんを堕してるの。 ‥‥ それで、子どもが産めない身体になっちゃって‥‥ お母さんにも言えないし‥」
予感は運悪く的中してしまい、ボクは彼女の抱える闇を共有することになってしまった。
こうなるとそう簡単には離れられない。(少なくともボクはだが)
それからというもの、彼女の部屋を訪れ、胸元に彼女が流す涙を感じるのが日課のようになってしまった。
女性にとって、しかも若い女性にとって、「子供が産めない」というのがどれほどの事なのか、当時のボクに分かっていたとは言えないが、ただ彼女が耐え難い痛みを感じていることだけは理解できた。
いや、理解していたはずなのだが。。
そんな関係がひと月ほど続いたある日、こんな風に過ごしてばかりいてはお互いによくないだろうという事で、二人でディスコに出かけることになった。
彼女自身、ディスコで踊るのが好きだと言っていたし、その大人びた雰囲気はディスコがよく似合うだろうと思ったので、ボクの方から気分転換にと誘い出したのだ。
ボクたちが踊りに出掛けたディスコは、当時、一番人気のあった店で、仕事やプライベートで何度も利用していた。
店の奥にこじんまりとしたビップルームがあり、店内は当時ヒットしていたポップスやバラード、ロックなどの洋楽が流れていた。
ビップルームという場所の力もあったのか、徐々に彼女の気持ちも和らいでいくように感じられた。
そんな時、一人の女性がビップルームに入ってきたのだ。
「○○子ちゃん、来てたの?」
彼女から、大学の同級生だと紹介されたその女性は、彼女とは違ってキリッとした目ときれいなストレートヘアが魅力の美人で、見るからにスポーツウーマンといった感じの女性だった。
せっかくだから一緒に飲もうということになり、ボクはビップ席で美女二人と飲むことになった。
そのうちアルコールが回ってくると、「踊ろうよ」と彼女たちから誘ってきた。
ダンスフロアに行くと、流行のファッションに身を包んだ若者たちが、音と光の中、自分の世界に入り込んでいた。
ボクたち三人も、その熱気の中に身を投じていった。
身体を動かしているうちに酔いが回り、いつしかボクは彼女と一緒に来ていることを忘れていた。
そして、店内のムードが最高潮に達した頃、当時のディスコの定番、チークタイムが始まった。
その時、目の前にいたのが、彼女の同級生だった。
それまで激しく鳴り響いたいたディスコサウンドが止み、ムードたっぷりのバラードが流れはじめた瞬間、ボクも彼女の同級生もなんの迷いもなくお互いの手をとっていた。
後になったわかった事だが、彼女の同級生も相当酔っぱらっていたらしく、自分の中のブレーキが完全に壊れていたのだという。
ブレーキの制御が効かなかったというのはボクも同じで、それまで毎夜涙にくれる彼女に寄り添っていた反動のように、目の前にいるクールビューティに抱いた欲情を抑えることができなかった。
チークタイムが始まると同時に手を取り合った二人は、バラードの世界に身を任せ、いつしかダンスフロアのど真ん中で踊りながら唇を重ねあっていたのだ。
それから数曲、チークタイムのバラードが続いたのだが、ボクたちは一度も唇を離すこともなく、チークタイムが終わって照明が切り替わった時、フロアの真ん中で周囲から奇異のまなざしを集めることになっていた。
この様子を見ていた彼女が怒ったのは言うまでもない。
酔いも手伝って、烈火のごとくに怒りを爆発させた彼女は、手にしていたシャンパンをまだお互いの手をつなぎあっていたボクと彼女の頭にぶちまけたのだ。
この瞬間、ボクは、奥さんと一緒に住んでいる彼女に、この同じディスコで頭からビールをかけられたのを思い出した。
それと同時に、今日ここに来たのが、彼女に気晴らししてもらおうと思っての事だったことも、思い出していた。
なんとも酷い話だが、この時、運命の女神はこんなストーリーがお好みだったようだ。
そして、ボクたちの頭にシャンパンをかけた彼女は、そのまま走るようにディスコを出て行ったしまった。
この彼女との出会いがまた新たな闇に出会うことになるとは。。。
ボクは、彼女に濡れた髪を拭くようにとハンカチを渡し、ひとりディスコを後にしたのだった。


























