父に対する疑問を持つのに、それほど時間はかからなかった
当時父には、再婚を前提にした恋人がいた
私と一回りしか変わらない、多少の資産がある家の女性だ
彼女(Nさん)は当時から一年前に、前夫を亡くしていて、小学生の息子がいた
Nさんは私に良くしてくれていた
前職の関係から、服をたくさんもらうことが出来るらしく、新作のコートやジャケット、スーツなどをたくさんくれた
妹たちが遊びに来ると、同様に服をたくさんあげていた
でも私も妹も、その服に袖を通すことは一度もなかった
ある日、酒に酔った父が、母と離婚した当時の話を私にし始めた
話し始めに、前提として
「これはお前の「親」の話じゃなくて、あくまで「男女」の話として聞いて欲しいけれど」
ということを言った
結婚当初から、父には交際していた女性が三人いた
箱入り娘だった母は、それに気付かずに、デートで帰宅が遅くなった父を労い、父はそんな母親に「申し訳なさを感じた」と話す
母が次女になる妹を妊娠中、父は出張から帰ると、体調の不良を訴えた
検査した結果は、性病だった
そのとき父は母に、
「温泉宿に泊まったから、共同浴場で感染したのかも」
と伝えた
(ここからは母から聞いた話だ)
母はそれを信じ、浴室やタオルからの自分への感染を恐れて、病院で事情を医者に話した
医者は一通り事情を聞くと、多少鼻で笑うような口調で、母に告げた
「奥さん、性病って言うのはね、性交渉で感染するから性病なんですよ」
その言葉で、父の嘘に気付いた母は、以来父を信用できなくなった
離婚することも考えたが、私がまだ幼かったことや、都心から東北へ一人嫁いだ事への心細さが、母を踏みとどまらせた
(ここから父の話+私の記憶)
「まあ俺も悪いけど、何もかも疑うお前のお母さんも悪い」
父は開き直っていた
「誰だって束縛されたら逃げたくなるし、大体浮気されるほうにも原因がある」
私は頷いていたけれど、自分を産んだ母親を、自分の父親が「他人のフリをして」貶していることが悲しかった
私が高校に入学する頃には、父が営んでいた自営業がうまくいかず、母は自分で飲食店を経営して家計を助けることになった
飲食店とは言っても、所謂「スナック」というところだ
父は、従業員として、自分の愛人を紹介した
母はその女性が愛人だということは知っていたが、敢えて彼女を雇った
私が見ていた「夫婦」に、信頼はなかった
「俺が浮気したから離婚したと思うだろう」
父は私に言う
私は、そうだとも違うとも言えずに
「分からないよ」
と答えた
「俺たちが信頼関係を完全に失ったのは、お前が大学を辞めたからだ」
意味が分からなかった
「お前が大学を辞めたということを、お母さんしか知らなかった。だったら俺は、家にいる必要などないだろ」
私が大学を中退することを決め、実家に相談に行った時、既に父は家を出ていた
話の時間軸がお互い完全にずれていることは分かったが、離婚の原因はお前だと言われたことが何よりもショックだった
父は私のショックに気付かない様子で、話を続けた
「家を出てから、俺はいろんな女性に世話になったよ」
そして、どこの金持ちからいくら助けてもらっただとか、どこの誰かから車をもらっただとかいう自慢話が続いた
途中から私は、この人が父親だということを半分忘れて、情けない男の身の上話を聞くための好奇心だけでその場にいた
ひとしきり話し終えると、父は言った
「この先仕事で成功したら、世話になった女性に恩返しをしたいんだ。○○さん、△△ちゃん、■■、…」
そこに、母の名前は出てこなかった。
その3に続く