僕は未熟な人間。
そんな事は誰よりもわかってるさ
誰かに言われる前にあなた以上に自分が知っている
だからこそ辛くなる事も、生きてる事に罪悪感すら抱く事もあった
どうにかして自分の価値を見出したくて、生きる為に自分を押し殺してでも誰かに尽くしていくしか方法はなかった。
結果、人には好かれた。
人に好かれる事でさらに自分の短所を出せなくなっていった。
人に好かれる事で、自分の価値を見出す事が出来た
こんな自分でも生きてる価値はある。
誰かに喜んで貰う事で、それを安心材料にしていた。
逆に言えば、自分の価値を見出す為に
誰かに何かをしていた。
でも、人に好かれているハズなのに、喜んで貰って嬉しいハズなのに、生きる喜こびを感じれていたハズなのに、
心の何処かでは満たされない自分がいた。
お金を儲ける事や、性欲を満たす事、それでも満たされない自分。
どんどん自分が荒んでいっていた。
今となってはわかる。
それは自分を偽り続けていた。
誰かに好かれようと思って偽りの自分を演じていた。
だから満たされるハズがない。
自分のいい所は偽りのいい所であって、本当の自分では無い。
だからそんなマスコット化してる自分を好かれても嬉しいハズがない。
本当の自分が求めてた事は好かれようが嫌われようが関係なく、自分を曝け出す事だったんだと。
そんな事に気付くと、当然その環境にはいられなくなる。
人間関係も変化が出てくる。
自分が徐々に殻を剥いでいくと、不思議と離れていく人、自分から離れていく場合もあるけど、人間関係や環境が変わってくる。
どんな自分も曝け出すという事は、自分のいい所悪い所含め知り、そして認めないと曝け出す事は難しいんじゃないかと。
見ないフリをしていると、誰かにもそれを隠す。
本当の信頼関係ってもんは自分の全てを曝け出す事で築けるもの。
じゃないと薄っぺらい関係を築く事になる。
薄さをカバーする為に数を稼いでもただ多いだけで心は満たされない。
人は心を満たす為に欲望を追い求める。
でも、どんなに求めて満たしてもそれはその時の一時的な麻酔でまた求める。
しかもその欲は肥大化していく。
欲望には終わりがない。
人が覚醒剤に汚染されていくのも、異性関係のトラブル、お金の問題、依存症。
全て欲望を追い求めた産物。
欲望を求めた究極は死が待っている。
僕は自分を知る事、そしてそんな自分で自分をこの世界で表現して生きていく事。
大切な事ってそれだけなんだと思う。
自分を見続ける。
目が外に向けば向くほど自分から離れていく。
だから苦しくなる。
苦しみは警告音。
何かに気付かせてくれる。
自分は絶対的にここにいる事しかできない
意識が誰かの体に飛び込む事は不可能。
自分の世界には自分しかいない。
だから自分が全てで、自分が主役だし、全ては自分にある。
だから何かの責任や誰かの責任にしても変わる訳がない。
自分の世界には自分しかいないんだから全ては自分の責任。
でも罪悪感を抱く必要はない
自分の責任だと思った上でどうするのかがポイントで
罪悪感を感じる暇があるなら何かをした方がよっぽどいい。
この世界は様々なものが渦巻いてるけど、やる事は至ってシンプル
外を見ると色々なものが多すぎる。
でも内、つまり自分を見ればひとつしかない。
外ばっかり見ると迷子になる。
腐る程色んな価値観が存在する。
だから一般的、平均的な価値観に沿って生きるのが無難だと思い込む。
でも外にある価値観は全てまやかしで、自分の頭にある価値観もまやかし。
価値観と言われるものは全て嘘
真実は自分の中にある。
それが何かはわからない。
でも、自分を知って自分を表現していく事で真実に沿った生き方は出来る。
そうすると自分の理想、本当に求めていたものが現れる。
求めているものは既に存在している。
その瞬間にある。
外ばかりに目を向けていると無いけど、自分を見ていればある。
既に持っている。
それに気付く事
求めているうちは無い
求める事を止め、自分に目を向ければある。
それに気付く。
人は外に目を向けるもので、そんな自分に気付く。
そして、自分を見る。
自分を見る事が本当の強さで、人を負かしたり金の量は全部嘘。
最もかけがえの無い事は自分を見る事、自分を知る事
それ以外はただの雑音に耳を傾ける事にしか過ぎない。
自分を見て自分を知り自分を表現し自分で生きること。
やる事なんてこれだけ。
世の中はシンプル所か自分しかない。
だから自分を知るだけでいい。