全く興味がなかった金環日食

朝、TVをつけると日食だらけ

ベランダに出るとご近所さん方

皆さん上を見上げていた

曇っていてみえないのかなと思っていたところ

いい感じに雲が切れかかっていたので

写真とって見ました






監督日記-金環食





一生で二度と見ることができないすごいことと

思いつつもそれほどの感動はなかった

そんな自分自身の心の余裕のなさに

なんとなく寂しい感じがしてしまいました

東北出身のプロ野球選手で真っ先に頭に浮かんだのはこの人だった
先日記事を読んで避難所での生活をされていることを知りました
彼のマリンでの勇姿今でも胸に焼き付いています
何とか今を乗り越え明るい日が一日も早く来ることを願っています
体調には気をつけていただいてまた元気な姿を見せていただきたいです

楽天の小坂誠育成野手担当コーチ(37)が、
宮城県山元町の避難所で生活していることが23日、分かった。
この日、島田亨オーナー(46)が激励に訪れた。

昨年限りで14年間の現役生活に別れを告げた小坂コーチは、
コーチ就任を機に仙台市から山元町の実家に引っ越し。
年明けから両親と夫人と3人の子供の7人で新生活をスタートさせた。
地震があった11日は、Kスタでリハビリ選手の練習に参加。
翌12日に実家に帰ったところ、家は床上浸水しており、
近くの小学校で避難生活を余儀なくされている。

見慣れた光景のあまりの様変わりぶりに、
小坂コーチは「言葉が出なかった」とポツリ。
実家は海から約1キロのところにあるが、
「50メートルほど海寄りの家は1階が全部流されていた」と
津波の恐ろしさにぼう然としていた。

実家には多量のヘドロが押し寄せ、流木が刺さった状態。
現在は球団の了承を得て、チームを離れ実家近くのがれきの除去などを行っている。
「早くどかさないと、まだ避難所に行く道ができていない。
本当は若い僕たちがもっと頑張らないといけないんですが…」。
朝はご飯と汁物、昼はカップラーメン。
避難してから1度風呂に入っただけで、ひげ面の小坂コーチは無力さに唇をかみしめた。

地震が起きた時、小坂家は長女が幼稚園に通っていた。
帰宅を待とうという意見もあったが、
避難の準備をして一家総出で幼稚園に長女を迎えに行きそのまま避難。
「山の方に逃げたので助かったと思う」と小坂コーチは話した。

いまだに幼なじみで2歳年下の後輩の行方が分かっていない。
現役時代から少年野球大会を開催していたが、その球場もヘドロまみれだという。
「野球で元気を与えるとかまだ言えないけれど、近い将来、
また元気を与えられたら。もう一度、のどかな街が戻ってほしい」と祈るように話した。

 ◆小坂 誠(こさか・まこと)1973年7月2日、宮城県生まれ。37歳
宮城・柴田高からJR東日本東北を経て、96年ドラフト5位でロッテ入り。
97年、新人最多記録の56盗塁に加え、俊敏な遊撃守備が評価され新人王受賞。
06年巨人に、09年楽天に移籍した。
10年限りで現役引退。通算1371試合に出場、
打率2割5分1厘、19本塁打、279盗塁。
98、00年に盗塁王、ゴールデングラブ賞4度。
オールスター戦出場5度。167センチ、63キロ。右投左打



巨大地震から10日
まだまだ余震が続く中
日々頑張っております
あいかわらずガソリンスタンドには行列あり
スーパーにいっても物は少ないし
計画停電をするしないで振り回され
今までの生活からは考えもしなかった
大変な日々が続いております
しかし被災された方々の事を思うと
そんな大変なことも小さく思えます
マスコミでの報道でしか状況はわかりませんが
今はただ耐えて過ごすしかなく
一日一日を必死に生きている姿を目の当たりにして
何もしてあげられない自分が情けなくなります
今はただ自分が置かれた立場で精一杯やるだけです
被災されている方々にはこれからもっともっと
支援の輪が広がっていくことと思います
希望を持って明日へ向かって生きていてほしいです
一日も早く復興されることを祈っています