今日はふと、カタリ場@母校の番外編みたいなことを書こうと思った。
カタリ場の効果検証がどうとかいうことでないこと。

***

「佐伯市のこと好き?」

ほとんどの人が、この質問に「はい」と答える。

この佐伯市という言葉に対する定義は、きっと個人個人違うんだと思う。

いろいろな新しい商業施設ができていて、九州東自動車道のICができている、この街の変化をみて「佐伯市」なのか
いつも周りにいる友人先生と過ごす毎日が「佐伯市」なのか
小さい頃から愛着のあるその感覚が「佐伯市」なのか

きっと違うんだろうなぁって。

もしあたしが高校生のときに「佐伯市のこと好き?」なんぞ聞かれたら

「うっせーよそんなん、嫌いに決まってんだろ、つまんねー質問すんな」

なんて、言っていたに違いない。(というか、言っていた)


その当時の私個人の定義する「佐伯市」は

友人関係が10年くらいうまくいかず
社会的なことにやたら関心がある自分にかまってくれる友人や先生がそんなになく
先生たちからの一方的な「国立大学進学主義」みたいな価値観にうんざりし
「勉強しているやつがださい」というなんとなくある地元のヤンキーたちの価値観や、
この人たちに目を付けられたら地元にはいられないんだろうなという超なんとなくの恐怖感みたいなものに踊らされ
外見には勝てなくて
なんとなく当たり前とされている価値観に外れるものへの目は厳しくて
きっと都心の人口たくさんの場所とは比べ物にならないくらい「人目を気に」していた

この数年の日々を総合して「佐伯市」とし、「嫌い」と言っていた。

完全なる田舎のはずれものタイプのうちの1人と思う。自分で言うのもなんだけど。

でも、そんな地元に、母校にカタリバという1つのプログラムを持って帰ったことで
私は「佐伯市」がとても好きになった。

佐伯盛り上げ隊というイカついおにいさまがたの元気をいただき
佐伯のたくさんの誇れるグルメをしり
その生産物への愛情あふれる人の温かさを知り
先生という、世の中で特に好きじゃなかった職業(現在は全然違うよ!)の方々と一線を越えるコミュニケーションができることでその人柄を知り

何より、60人近い若者が陸の孤島に集い、それを応援してくれるたくさんの「オトナ」を知り

「佐伯市」が好きになった。

高校生当時、「この頑固な『嫌い』というタグをつけた佐伯市に対する価値観を、ぶち破るくらいの価値観が欲しい」なんて本当は思って東京に出た、という裏話もあったりなんたり。

東京なんて、ヒトモノ情報があふれているから、自分の価値観なんてボッコボコに変化しされていくものなんて、容易に想像できた。

ただ、ヒトもモノも情報もどうしても限られる場所で、いかに自分の価値観がぼっこぼこにされるかなんて、正直期待してなかった。

でもこのままじゃ、きっといけないんだろうな、なんて思ってもいた。
あたしだって大学生になって「まじ地元好きじゃないっす」なんて言えば言うほど空しくなるだけである。


**

大学4年目にして、高校生当時の私のような高校生を応援したいという気持ちで持って帰った「カタリ場」は
明らかに私の価値観をボッコボコにした。それも予想以上に。

「こんな田舎に60人も集まってくれるなら、絶対佐伯市にとっても高校にとってもキャストにとっても素敵な日々にしたい」と思い、準備を始めると
いのちゃんが精力的に「佐伯市の魅力」を集めてくれた。
私たちの想いを応援してくれる、卒業生のみなさんがいた。

そこには、いのちゃんもあたしも知らない「佐伯市」があった。

何よりその中には「たくさんの素敵なオトナ」が集まっていた。

教育実習中に「ヒトの目を気にして何もしないなんて、もったいない。高校を卒業した後のセカイはとっても広くて、近いんだよ。一人一人の十何年間という人生に出逢うヒトモノ考え方が違ってヒトができているなら、みんな違って当然なの。」ってサンプリングをしたときに得た
「本当は、周りを気にして、合わせている子がきっと多くて、先生の話はきっとみんな気づいているんです。だから嬉しかった」と言ってくれた生徒たちの言葉から感じたことは
ただでさえこの街のほとんどの若者は「高校生以下」の子たち。
この街いる「高校生以下の若者」を応援してくれるオトナが少ない。進学実績とか、そういう利害関係のない「オトナ」。

カタリバは、利害関係のない、おせっかいの「ナナメの関係」を広めているけれど

何よりあたし個人としては、自分自身がたくさんの「オトナ」を知れたことに価値があった。

嗚呼なんでこんなにたくさんの魅力を、オトナを、あたしは知らなかったんだろう。

***

母校カタリバを行ったことで、60人のアツい若者と、先生と、佐伯市のオトナたちとで
佐伯市が盛り上がった。

メディアに取り上げられ、たくさんの見学の方々がいらして、たくさんのオトナが応援してくれて

それだけで、1つの大きなイベントになった。

佐伯盛り上げ隊というイカついおにいさんたち(4日目の打ち上げのときは佐伯「盛り上がり隊」になっていた節があるけど、実は本当に素敵なおにいちゃんたち!)
http://saiki-moriage.blogspot.com/
糀屋本店のみなさん
http://www.saikikoujiya.com/

味愉喜(みゆき)食堂のナオさんやみなさま
http://www.gomadashi.com/
私たちの背中を押してくれた卒業生平川さん
などなど

そして私はたくさんの想いの詰まった日々の言い出しっぺになってしまった。
恐れ多いばかりです。

***

ここに、地域が元気になる秘密がある気がする。

大学のない小さな田舎町に、ある日大学生がやってきて

高校生を巻き込んで

オトナを巻き込んでいく




その日々に生きる高校生に、自分たちの姿を見せていく

決してNPOカタリバがやっている「カタリ場」というプログラムを利用しなくてもいい。

どんな背中を見せていくか

あたしら大学生が、「どう」高校生とつながるか
さらに欲を言えば、「どう」オトナとつながるか、つなげ続けるか

そこが結構重要な気がした。


オリジナルなカタリ場はそうして生まれ、街は元気になる。

それでいいと思う。


私は来年から大学院生だけど、今よりもきっと少なくなる隙間時間で
できるだけ、この佐伯市が元気になるために貢献したいと思っています。
いや、私にもそんなキッカケを与えてくれたのが、鶴城カタリバであり、そこに集まった素敵なオトナたちです。

私が2歳から住む、大分県佐伯市。

そこにたくさんの大切な友人たちが集い
新たにここで新しい大切な友人がたくさんできた

私にとってもキッカケだらけだった鶴城カタリバ。

あのあともあたくさんの素敵なオトナたちから「ありがとう、ありがとう」と言葉をいただき

こちらこそ、本当にありがとうございました。今後ともどうぞよろしくお願いします、という気持ちだった。
佐伯に帰ったら会いたい人がたくさん増えたことはかなりの収穫だ。

***

合宿4日目

静かになったセミナーハウスで城戸先生に見送られ後にし、いのちゃんち、うちへと2人で行った。

そのあと、高校時代、貴重な「ナナメの関係」を提供してくれた恩師のいる塾にヒロと行って
塾の後輩におせっかいをしに行った。

あたしは、高校生当時、居場所のない中、この個人塾の小さな部屋で、ヒロたちとどーしようもないおしゃべりをして、将来を語り合い、そして、時々塾に帰ってくる「センパイたち」に憧れて大学生活を夢見ていた。

今となってはわたしたちが「センパイ」になっていて
さらなる特別なおせっかいをする。

帰りはあたしが車でヒロを実家に送り、その車の中でまた楽しく語って、帰った。
誰かが自分のしょーもないおせっかいで1歩を踏み出そうとしている姿を、特に塾では見られるので
ものすごくわくわくする。

この陸の孤島で、自分に負けないことは容易じゃない。
その中で、彼らはどんな葛藤をして、どうやって道創って、どこに行ってしまうのかしら。
この陸の孤島での葛藤を経験しているからこそ、余計に感慨深いのだ。

変わって行く街、変わらない想い、変わっていく価値観、変わらない想い

若者も街もオトナもきっと変わっいく
変わらないもの、変わるもの、どちらも大事にして生きるんだろう。

***

次の日、急遽私は福岡に行くことにしたのだけれど
その前に母と二人で買い物に出ていたとき、私の卒園した幼稚園の体操服を着ている少年がいた。

あーそういえば、幼稚園も運動会の時期か。

初めて年少組として幼稚園での運動会に出たときのことを思い出した。

最初の開会式の入場から、年少組の私たちの手を握って、一緒に入場してくれた、年長組の「おねえさん」がすごく好きだった。

あのときから、ナナメの関係はきっとあって、あたしは誰かに憧れて、誰かの背中をおっかけて生きるんだろうなぁ。


あの日であった少年の体操服は、19年前の3歳の私が着ていたものと、今も変わらなかった。

彼はこれからどう変わって生きるんだろう。

どうしようもないので久々に日記をまじめに書いてみようと思います。

最近は楽しくこのメンバーで1つ屋根の下に暮らしています
http://twitter.com/aya5matsu
http://twitter.com/sheep0627
http://twitter.com/aoi_29

ついこないだ、この4人で暮らす毎日を
「人生が4倍になる」
…なんて名言がでた。
そんな感じで1人ひとりの人生のシーンが、こうして濃い毎日に混ざり合っていることが、とても貴重で幸せです。


さて、4年生も後半戦。
しっかり報告しましょうか。

★大学院進学が決まりました。

「インクルーシブ教育」の更なる発展を願って(というのが一番伝わりやすいのでこう言っとく)
自分の人生をこの分野にかけることにしました。

そんでしゅーかつやめます!と言って五ヶ月。
進学先がないんじゃないかと思っていた矢先
山内先生と出逢い、ここしかないんじゃないかと考え
ここ1本以外、どこも受けなかった。

不安はありましたが無事に合格をいただくことができました。
来年からこちらにお世話になります。
http://blog.iii.u-tokyo.ac.jp/ylab/

カタリバや引っ越し、その他のことと並行する5ヶ月間は苦しかったけれど
最高に自分を成長させた5ヶ月だった気がする。
今週さっそく山内研のゼミにお邪魔する。
最高の学習環境を絶対に無駄にしないように、来年以降、私はこの分野のことばっかりやってると思う。

初めて合格者の番号が貼り出されるのを見に行くって経験した。
嬉しくて号泣しすぎていろんな人に電話したなぁ。
きっと大学受験生が見に行くとこんな感じなんだろうな。経験遅いな。

残りの学部生活半年、超充実させようと作戦を考えております。
旅がしたい。自由に。
うん、勉強はまだ続けます。

★母校カタリ場が終わりました

まだしっかりと終了した訳ではないけど
企画日9月22日は終わった。

1日目の貿易ゲーム
さっちぃの31歳…じゃなかった21歳の大事な日
エロオピアの女王誕生

2日目のくだらないラジオ体操
暑い中の企画説明
みんなで考えた「ミニサンプリング」
夜の体育館でのらすとシミュレーション
私の想い

3日目のサンプリング練習
チーム鶴城の円陣

そして、ステージからみた風景

夢見ていたものが現実になることが

どきどきして
そわそわして
わくわくして
あふれるものが止まらなかった。

そして見学者過去最高数?というくらい人がいた。
取材もたくさんうけた。
http://www.oita-press.co.jp/localNews/2010_128546335725.html
http://mainichi.jp/area/oita/news/20100925ddlk44100669000c.html

そして最高の打ち上げ。

4日目の「さよなら」

思いがけないことで大変な思いをしたこともあるけど
いのちゃん、リュータ、よしこ、CNゆう
この4人が一人でも欠けたら生まれなかった奇跡の4日間。

そして、陸の孤島佐伯市に集まってくれた仲間たちのために
おいしいご飯や支援をくださった多くの佐伯市のみなさま。

また、わざわざ東京からきてくれたカタリバゴールデンメンバーに加え
全国各地から集まってくれた「Kakujoyful」な仲間たち。
本当にありがとうございました!

ひとつひとつが奇跡だった。

反省点もたくさんある。

でも、どんだけ何を言われても、

やらない人よりはまし。

これからも当事者であり続けたい。

そして、「お願い、お礼、お詫び」まで
しっかりやっていきます。

はい、まだ「完全に」終わってなくて
現在報告書作成&報告会に向けてまだまだ走ってます!

11月21日、ぜひNPOカタリバ秋企画報告会にいらしてください!!

そして、「Kakujoyful」な仲間たちへ。



感じた「何か」をこれから「どこで、どうしよう」?
ここからまた一緒に、それぞれの場で始めよう。

本当にありがとう。最高のKakujoyfulたち!!

***

3年生になって、私も「卒業後の進路」について考えていたときに

学生新聞、大学の広報、カタリバ、911の子どもたちへ、わかもの科、FLEDGE

いろんなことに挑戦して行く中で、しぼることに決めた、「ぼくの夢」は

「カタリ場」を母校へもって帰ること
そして、
ぼくの人生で書かせないインクルーシブ教育の分野に人生をかける決意のため、しっかり学び研究したいという想いからの大学院進学

この2つ。

もともと、教育ジャーナリズムをしたかった。
様々な「教育現場」を見れるのはきっとこの職業だと思ったから。
そのために高校卒業してすぐ新聞のスクラップしはじめて勉強したりとか
それらしい活動にチャレンジした。

でも、大学生になって、教育の分野で活動して行くうちに、「教育/学習」に関して様々な問題意識・興味をもつ多くの仲間に出逢ったことで、改めて考えた。

「教育」という無限の分野に、これだけの人がそれぞれの意思を持って集まっている。
だからこそ、自分自身の貴重な経験を活かせる、経験ありきの障がい児、チャレンジドに対する学習環境を、わたしがこれから先頭きって作っていきたい。
そのための経験が欲しい。

そう思えて、教育ジャーナリズムはあきらめました。
広く浅くのジャーナリズムじゃなくて、1点集中にかけると。

昨年の夏、すずかんさんから大学院のすすめを聞かされて(きっと彼は軽い気持ちで言っていたと思う)
それがキッカケでまじめに考えだし、やっぱりしゅーかつしているときの未来へのビジョンと
院試対策をしているときのビジョンの色づきは全然違いました。

東大なんて、とか思ってたし
カタリバもって帰るなんて1人じゃできるわけじゃないし
なんて思っていたけれど

想いは形にできるって知りました。
いや、仲間が支えてくれたから。
高校生のとき、そんな経験できなかったけど
大学生になって、こんな貴重な経験ができて
かけがえのない仲間がたくさんできて

本当に幸せなんだなって、今はすごく思います。

手に入れた夢の一歩は、まだ1ピースぐらいでしかない。
最初のピースを手に入れただけ。

これから、全部のピースを一生かけて集めて行こうと思います。

大学生になって、いろーんなことに関心があった。
教育社会学、新聞記者、編集者、ファッション全般、書道アート、ニューヨーク、9.11テロ、ナナメの関係、下北沢、ベルギービール…
思い出すだけ出してみた。いやー高校時代の妄想以上に、こうしてみると充実してたなぁ。
残りの半年も超楽しみ!
最近は久々に服買ったりしてみてて、「ようやく色気づいたか」とか言われた。
もとからやわ!とか思ったけど、よく考えたら、ゆっくり買い物したり、ファッション誌みてきゃあきゃあ言ってなかったなぁとか思った。

心にゆとりを。

最近そんなことを考えながら生きています。

もしこの文章をいつもお世話になっている先輩方、先生方、かけがえのない友人たちが見てくれているとしたら

私の大学生活がカラフルになったのは、みなさんとの出逢いと対話と想いのおかげです。
本当にありがとうございます。
これからもどうぞよろしくお願いします!

「君の夢が叶うのは誰かのおかげじゃない」なんて
そんなこと言えない。本当に本当にありがとう。どうやって恩返ししていこう。


最近は高校生との交流が増えたので最後におせっかいを。

高校生の誰かが、もしこれを読んでくれているとしたら

ホンキだったら妥協なんてしないで!
苦しい気持ちは、絶対に自分の糧になる。

なぜ「応援してくれる人がいるか」って

自分が偽りのない懸命さでがんばっているから。

想いだけじゃ駄目。その分「今」動いて。

「今」がその先につながっている。

あたしが人生にホンキ出し始めたのって、多分この世で最も大切だった人が突然亡くなったその後でした。ちょうど2年前のこと。

命はいつ終わるかわからない。
だから、「今」一生懸命になってください。

死ぬときに笑える人生にしようぜ!

私もね。

たくさんの方々への、ありがとうの想いを込めて。

「君の夢が叶うのは、誰かのおかげじゃないぜ!」




わたしは、味のある人でいたい。
2010年10月5日
山田小百合

いよいよ一般に
佐伯鶴城カタリバが知られることになった一枚

田舎娘の都会日記。-100808_1747~01.jpg

そして先月片倉高校でやった、「センパイの話」の写真もあった。

田舎娘の都会日記。-100808_1745~01.jpg

まずは夏の一戦、一戦を大事に戦う。

その勢いを秋に

大分に

母校に。


明日はがんばるけん!

これまで励まし合ってきた仲間や
支えてくださっている方々

カタリバなみんな

ありがとうございます!
どうなるかわからんが、まずは一戦を。

どきどきして眠れん。
昨日、久々に小田急線にゆられていた。

午前中の打ち合わせの後、忘れ物をいのちゃんに届けてもらうついでに
彼女についてったんは、経堂にある、生活クラブのカフェ素々

http://www.seikatsu-club.jp/


生活クラブはいわゆる生協の東京バージョンみたいなやつ。

いのさんが途中豊田直巳さんの講演会にいなくなったあいだ
あたしはひたすらザックエフロン似彼氏がいるという妄想を餌に
勉強していたのだが(まだあきらめない!)、気づいたらお店は閉店時間になっていた。
彼の写真展が昨日まで、生活クラブの地下スペースで行われていた

豊田直巳 http://www.ne.jp/asahi/n/toyoda/

ぼくは休憩とばかりに水越先生の本を読む。
著書の中は素敵なスケッチブックの絵がさし絵のように入っていて
メディアという、一見命が吹き込まれていないような
いつも当たり前のように感じているその存在に、すこしいのちを吹き込んでくれるような本である。

そこには水があり、緑があり、日光があって、人のコミュニティがある。いのちだなぁ。と。
メディア・ビオトープ―メディアの生態系をデザインする/水越 伸
¥1,575
Amazon.co.jp

ぼくは、この本がすごく好きだ。
メディア論とかなんだかかたくて距離感あって難しいと思ってしまいがちなことを
あたしは、いのちや自然と一緒に考えさせてくれる、優しくなれる本だと思っている。

---

読み進めていくうちに
気づけばまだまだ日の長い夏の夕方は
すっかり人の影が見えづらいくらいの暗さになっていた。

ふと息抜きにカフェの内装をみると、
イラクの子どもたちが描いた絵が飾られていることに改めて気付いた。

「911の子どもたちへ」をやっていて、
戦争や紛争、見えないテロリストとの戦いの先にある、人の死を改めて考えるようになったのだが

まさにここでも誰かがこうして、戦争やいのちやら、考える機会を
この安らぎを求める空間の中にそっと入れることができることって
すっげーすてきなソーシャルデザインだなぁと思った。
まさにこのカフェは、この著書に似ていて、
むじゃきな絵をみて、でも複雑な想いになりつつ、ほんわかした気持ちに、なぜかなった。
なんて身勝手な心。

すごく深刻な戦争やいのちとかいう問題を、まずは子どもたちの絵から入って
何か身近に添える。地球のむこっかわでの出来事を、アートで結ぶって、すごい。
だからぼくは、書道アートをやめる気はさらさらない。

ただ単にカフェに癒しを求めるだけじゃなくって、それを重くない程度に、でも実はすごく深いものを
感じさせてくれて、心揺さぶられて、いろいろな気持ちになって、ここをお客さんは出るのだ。

何か得たものを少し発言するだけで
ブログに書くだけで
ツイッターでつぶやくだけで
生活のなかに新しい種まきが始まって
すこし日常の味わい方が変わる。

昨日はケータイも電池がきれたし、パソコンもなかったので
ついったーでつぶやくこともできず、その日数時間エネルギーをつかった私の「こころ」の動きは
すべていつものノートに書きなぐられた。
おかげさまで少し整理できた。ということもあり、これからはつぶやくことも控えようと思った。良い意味で。

そんで気づけばお客さんは周りにだれ一人いなくて
一緒に飾られていたイラクの子どもたちの写真は、豊田さんの写真展が昨日までだったことにあわせてか
壁から降ろされる作業がされていた。
あたしはいのさんの荷物を預かっていたので、お店から出るわけにもいかず、出ても会場隣やし…とても申し訳ない気持ちになった。

いっときしてマスターさんが、誰か待ってるんですよね?コーヒーいれますよ、と言って
あったかいコーヒーをいれてくれた。
そのコーヒーも、生活クラブなりのこだわりのあるもので、それを知ると一層美味しく感じた。
香りにこだわった、ブラジルのコーヒー。
コーヒーの選び方ひとつでも、日本では知られていないことばかりだ。
それをどうとらえるかも自分自身。

http://www.s-shinseikai.com/information/shohizai_name/list_ma/post_71.php

最近彼女がいただいて帰って来た卵やみかんジュースはすべてここのもので
みかんジュースもたまごも、心に栄養を注いだかのように、びっくりするほどうまくって
すっかり感動してしまっていたのだが

ここを通り抜けた人が
食というものをとらえたり
カフェというものをとらえたり
いのちや戦争というもの
アートというものをとらえて
また別の場所で、違うアプローチで、どこかに新しい形で発信する

その地道な行動が、ソーシャルデザインな気がする。
別に堅苦しい意味ではなくって、自分の周りの生活をアレンジしたり
色づけしたり、絵を飾ってみたり、音楽を添えたり、ちょっと種まきしたり花植えてみたりするぐらいのことに

少し意味づけをするだけで、世界の見え方が違ってくるってこと。

コーヒーの味も
かざられていた無邪気な絵も
マスターさんがご好意でコーヒーをいれてくれた、というあったかい事実も
こだわりのあるカレーやケーキも
隣で消費財を売ってる、会員限定のスーパーでのおばちゃんとの何気ない会話の中にも

ぼくの心の栄養素はたくさんあって、終始こころがぽかぽかした。
何気ないことに日常スパイスが眠ってあると、改めて気付いた。すごくありきたりなんだけど
ありきたりさが大事だと思った。

ぼくらはそれを、なんてないがしろにしてしまっているんだろうと思いながら

でも、どうしてそれをないがしろにしようとしていることに、心が何か感じてしまって
ないがしろにすることを避けるように、栄養をいただくかのように動かされてしまうんだろうなんて思って帰った。

あのマスターの経歴は、どうやらおもしろいらしいので
いろいろと落ち着いたらリベンジしに行ってみようと思う。


---

水越先生の本を読んだ。

あのカフェも小さなビオトープで

「911の子どもたちへ」もビオトープだし

地方カタリバだってビオトープ。

アプローチが違う。ただ、もっと根底にあるものは、うまく言えんけど、一緒やろ、と。

そこにはいのちが動いていて、鼓動が鳴っている。

そしてぼくは、それをつなげる回廊である。


それがわかっただけでも、ぼくの昨日への味わいは、いっそう深くなった。

本もタイミングかもしれん。それもスパイス。
メディア・ビオトープ―メディアの生態系をデザインする/水越 伸
¥1,575
Amazon.co.jp

さゆ*
昨日やっと東京に帰ってきました!


3週間、教育実習で母校にかえっていました。
そんなあたしの「先生的生活」


大学生になって以来、3週間も地元にいることがなくって
いても1週間いるかいないかぐらいの生活でした。
おかげで毎日のんびりした時間が流れる割になんだか教育実習って大変で
動いてないのに疲れた。


最初、おそらく担当クラスは1、2年になるやろって思ってたけど
まさかの3年生。
事情により、現社の授業が3年生でしかないという理由。

クラスは「私立文系クラス」っていう、地方で言う私立進学組で
勉強より部活に頑張ってる生徒や、勉強があんまり得意じゃない生徒が割といる。
このくくりもあんま好きじゃないんやけど。

現代社会の授業をつまらんと思ってる生徒も多いはず。
学年で目立つ子が集まるクラスやったけど、コンプレックスが多い生徒が実はいる。
先生にもその点すごく意識するように言われた。

最初、1週間があまりにも長くて、なのにすぐ授業することになって、
生徒はクラス46人もいて多すぎで顔と名前が一致しなくて
1週目の時間の流れがいつもと違って大変やった。

現代社会っていう科目は、社会科の全ての要素が絡んだ科目やけん
教材研究に世界史の要素が入ってきたりとか(わたし日本史しかわからん!)
そういう意味でも教材研究はしてもしきれない科目だと思ったり。

教材研究は足りんと言われても、教材研究より、現代社会という科目が
将来の自分にとってすごく大切で身近なものと考えてもらえるようにしたくって
自分らしさを前面に出すことに全力を尽くした。

あたしは周りの友達みたいに週の平均睡眠時間3時間、なんてことはなくて
おもいっきり6時間以上は寝ました。
結構ほとんど教材研究にあてるような実習だったからって感じかな。
学校にいる間にいろいろできたんよね。

運がいいことに、授業もずっと担当クラスでやったし
朝と帰りのホームルームも全部しゃべったし
3年生全員の前で、教育実習生の講演会、っていう 学年集会のときは、
母校用にサンプリングを作った。

「卒業後の自分、8カ月後の自分、イメージできる?」
中途半端に将来を考えないで、一生懸命自分と向き合って
憧れの人を見つけることが大切だって一生懸命伝えた。(はず)

最後の授業は冷戦の終結から現代にいたるところだった。

オバマ大統領のプラハ演説のプリントを作って
「なぜ、オバマさんが、演説で「冷戦」について話していたんだろう」って投げかけをした(ちなみに研究授業でそれをしたんやけど、時間がなくてちゃんと閉めれなかったのが痛かった><)

で、最後の日は色紙と花束、プレゼントのタオルをもらった。
涙が止まらなかったので
「大学生活がこんなに充実しているって話をしたけど、今があるのは、高校の時、辛くても一生懸命自分と向き合ったけぇなんよ!高校時代の自分なんて、ちっぽけで全然大したことなかったんよ。でも、憧れの人ができたとき、人生が変わった気がした。やけん、みんなも憧れの人をできるだけ、作ってください。」

色紙を手渡ししてくれた、クラスの代表の男の子が
「先生は、3週間しかいなかったけど、ずっと3-4の先生です。僕たちのこと忘れないでください!」って言ってくれて素敵だった。すごく嬉しかった!


生徒にはありのままぶつかった。大学生の色が抜けてないって、クラスの副担任であり担当指導の先生に注意されたこともあったけど
それでもそのキャラを曲げることはしないことにした。

みんなからのメッセージは、うわべなことを書いている子もおるんやろうけど
現社がちょっと好きになった♪とか
大学に行くのがたのしみになった!とか
さゆりちゃんだいすき!とか
私たちのこと忘れないでくださいね、とか
ちゃんと書いてくれとんやなぁって嬉しかったなぁ。

勉強がにがてだとか、そんなん関係なくって
現代社会という科目を通して、学ぶ力をつけてもらいたくって、あたしは一生懸命になった。


3週間で体得したこと、学んだこと、考えたこと、感じたこと、それは

授業の準備の大切さとかもそうだし
学校の運営システムや先生の仕事量の多さへの疑問、閉鎖的な学校環境

だけじゃなくて

年の近いお兄ちゃんお姉ちゃんと話すことが、どれだけ力になるか、ってこと。

そんな人たちが、高校生に対して一生懸命な姿勢を見せること、想いを伝えることが
何よりも大切だということ。


一生懸命、希望があることを伝えること。
セカイを広げることはどんな場所でもできる、ということ。
みんなには可能性がたくさんあると知ってもらうこと。

そう思ってくれるといいなぁと思ってます。 3週間で伝えられたかどうかはわからないけど。

というか、そういうことが伝わる、実感できる、学校が増えていったらいいなって思った。

至らない授業をしてごめんね。
でも3週間、辛かったけど楽しかったです。

クラスのみんな、本当にありがとう。
素敵な3週間でした。

またみんなに会えるのを楽しみにしております★

さゆ