mixiで友人の友人まで公開と、あえて公開範囲を広げた日記をちょっと変えて載せます。
おそくなってごめんなさい。
なぜか更新できなくて・・・
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「さゆり」という言葉は、タイでは「歌」という意味らしい。
最後にムーンパレスから乗ったタクシーのおっちゃんが言ってた。(ニュアンスはもうちょい違うと思うけれど)
彼はバングラディシュ出身で、アメリカはもう20年だと言っていた。
英語がnot good at speaking in English なわたしにとっても優しくて、
「日本が好きで日本に行きたかったけれど、ビザがとれなかったからここにいるんだ。ここは本当に自由だよ!」と言っていて
「自由」って日本語だと何?だとか、数も教えた。
「バングラでも、さゆりって名前はとっても素敵だ!」とも言われた。
あたしだってこれでも英語でちゃんと会話したんだよ!
たくさんの話をした。終始泣きっぱなしだった私と。
人にはきっと逃げてしまいたいと思うことが、誰かしらにもあることでしょう。
昔から、正直出逢い運以外、運がないと思ってた。
地元に居場所がなかった。
そのかわり、ちいさなおもしろいコミュニティがいまの私を導いた。
家族のことはずっと私の中のテーマで、それを受け止めてくれる人がいなかった。
そのかわり、自分で家族を守るという決意を手に入れた。
大好きな人が死んだ。
そのかわり、奇跡な出会いがたくさんあって、亡き人がわたしを守ってくれていると実感した。
余計なことばっかり起こって、わたしはどこにたどりつくのでしょうか。そんな感じだった。
NYにはいろいろな想いをもって乗り込んだ。
最近の追われ具合や、半年間の中で隠していたナチュラルな自分の状態がいまいちよくわからなくて、一人で飛び込んでみたかった。
1年の春の京都一人旅のときもそう。辛いと思うことがあって、一人で逃げた。
そのときがゲストハウスデビュー。
その時の刺激が忘れられなくて「また来ます!」と言って元気になって東京に戻った。
その時と違うのは、京都はすぐに行こうと思えば行ける。
NYには、すぐに行こうと思っても、行けない。
飛行機に十何時間も乗って、しかもわたしの場合は2回も乗り継いだ。
結構しんどかった。これからはさすがに直行か、少なくとも乗り継ぎは1回かな、なんて。
特別観光らしいことはしていない。
自由の女神なんて行ってないし
メトロポリタン美術館も行きそびれた。
セックスミュージアムは行けばよかったなぁ。
そんな中していたことは
2号店にオーナーだいすけさんとたくまさんと遊びに行って、そこで初めてやっと年下くんを発見したこととか(旅行中わたしより年下の人が彼らだけだった)
Toshさんのビーガン・オーガニックの極め具合に圧倒されて、終いにはみんなでオーガニック鍋を食べたりだとか。
オーガニック豆乳は本当にはまった!!!!
ノースカリフォルニアのおうち、一度行ってみたい!
わたしが抱えていたことを初対面で話して大泣きした時にさんざん甘えさせてもらったりだとか
牧野さんとたくまさんと私、ちょっぴりしゅうちゃんの4人でのアートコラボをした。
画家に書道。和紙に色。
すっごく楽しかった。
わたしの中の、「アート」というジャンルに、新しいものが加わった。
というか、「アート」というジャンルそのものが加わった。
ベッドフォードで古着を買って 最大の収穫は念願のドクターマーチンを買ったこと!!
60ドル!最高すぎる!!
その後履いてたこの子に関しては 実際に出国審査の時や、隣に座った白人のお母さんに「とってもいい靴ね!」って言われた。それぐらいかわいい!!!!
2号店3号店でセントラルパークのスケートをして、そのあとチャイナタウンでのショウロンポウもおいしかった!
最後の日にひろさん、たくみさん、さきちゃんとのベトナム料理もおいしかったし、最後にみんなでUNOやってたのもおもしろすぎた。
最終日は、いろいろてんやわんやしたけれど、でもみんなにお礼がしたくて、いっぱい書を書いた。
みんながもらってくれてうれしかったです。ありがとう。
NYのメトロ、バス、街並み・・・それこそまず刺激的で 人種は多岐にわたっていて、本当にいろいろな人がいて NY事情も肌で感じた。
メトロミュージシャンたちや、 メトロの中でお金を求めるホームレス。世界って本当に広くて複雑だった。
朝ムンパレの外に一人でいた時に、おじさんに 「日本から来たの?かわいいね!僕は●●っていうんだ!コンピューター関係の仕事をしているよ」なんて突然自己紹介とかされた。おもしろい!
チップの文化もいまいちわからなかったけれど、最後のほうは街の仕組みがわかってきて、
普通に駅員のおじさんにフレンドリーに話しかけてもらったり、道に迷ったら素敵な女性に道を尋ねたり、楽しかった。
9日間で、「1か月いるくらいの存在感を!」という目標が、4日目ぐらいでできたけれど←遅
でもなんだかんだ3週間はいたぐらいの存在感は出せたんじゃないかなぁって思いました。
初めての一人海外。
色々不安なこともあったけれど
ムンパレで出会った人たちは温かかった。
泣いたり笑ったり忙しいわたしだったけれど、
日本よりまだちょっと寒いNY
それ以上にだんだん個々の人がもっている温かさを実感することができました。
いろーんな人が本当にいたけれど、それぞれに考えていることも違っていたけれど、
そんな中で飛び交う話が最高に面白かった。
人に対して、1つ層を自分から勝手に作って見ていた部分は正直あった。
自分でもそれは自覚していて、けれどどうしたらいいかわからなかった。だけどどうするつもりもなかった。
自分を守る術を知らなかったから。
半年前の出来事は、良くも悪くも、私を変えてしまった。
ムンパレで出逢った人はいろいろな人がいた
大学生だと4年生が多かったかな。社会人ばっかりでびっくりした。
そして思ったことは、学歴も、住んでいるところも、年齢も、全然関係ないや。
大学生も本当にいろいろな大学の人がいた!
だけど関係なかった。
NYに行って色々なことを話しているうちに、学歴社会も管理社会を作るための過程でしかないって思うようになると、大学ってなんなんやろって思ったし…結局人は人に管理されてるんだって思うと、政治だとかメディアとかの力ってすっごく怖いなって思ったし。
だけどこれこそNYに行ってなかったら、そんなもっと深いことを話したりすることもなかったと思う。
人って交わったらすごーく面白いんだ!
人に対してさらにまるくなった。
わたしは特別何かしているわけではない、ただの大学生だけれど
そんな中で多岐にわたるジャンルの人々に出逢って、面白いお話を聞かせてもらって、仲良くしてもらえて本当によかった。
ビーガンオーガニックの話、わたしがかかわっている映画の、911テロは自作自演説の話、文明が滅んだときはどんな人が生き残るかという話、大麻とシャブの違いの話、ロッキー青木はだいちゃんのバイブルであることの話(笑)←ロッキー青木は読んだほうがよかったですホント
アートセンスを磨くことの話、海外に出るに越したことはないという話、人が生きて死ぬということの意味・・・
出逢い運だけは、本当にいいなぁとこの20年の人生の中で思う。
けいくんが、もっと泣けよ、って言った意味が本当にわかった。
人脈だとか、コネだとか、そういう響きもなんだか好きじゃなくなって
「繋がり」「出会い」の言葉の重みを知った。
誰だって、つながりとか出会いに圧倒されて生きているけれど、
もっと深く知ること。相手を知ること。それにはすごく深い意味があった。
ゲストハウスは人の入れ替わりが激しい。
だからすぐその人がどんな人かを知る必要がある。
だからたくさん自分のことを話した、それ以上に
相手がどんなことをしているのか、なぜNYに来たのか、普段どんなことをしているのか、たくさん聞いた。
日本での普段は自分がしゃべってばっかりだったのに、終始聴き手だったと思う。
私は特別何かをしているわけではないけれど、そんな私にこんなにたくさんの人が知り合ってくれてて、応援してくれて、仲良くしてくれて、受け止めてくれて…
まだまだ未熟な二十歳の私に、NYは温かった。 ムーンパレスが温かった。
オーナーだいすけさんをはじめ、1号店管理人しゅうちゃん。
1号店で出逢った皆様
2号店でも仲良くしてくれた皆さま、本当に大好き!
1号店のみんなからのメッセージも読んで終始泣きっぱなし
飛行機の中でも終始泣きっぱなし
だいちゃん、ムンパレを創ってくれてありがとう。
しゅうちゃん、2月から管理人でありがとう。
NYに戻りたい。離れたくなかった。お金さえあれば…笑
ひとつまた殻を破ったような気がしました。
いつもは荒い言葉でごまかしていたけれど、それがなくなった。
終始「正直」で「素直」に近づけてたような気がする!
最後にみんなでやったUNO、おもしろかったなー。
最後のほうは素直じゃなかったけど 「日本に帰りたくない!」と泣き泣き言ったことは、本当です。
というか 大好きな人と離れたくなかった。
色々収穫はあったけれど、
ファッションものは安いアメリカで大きいサイズなんてマジいっぱいあって最高だったけれど
何より得たものは
大好きな人がいっぱいできました。
日本に帰ってきてさっそく追われることばかりわたしの前に現れました。
何から手をつけたらいいかわからない感じです。
帰ってきてからさぁ、スーツケースの鍵壊されてるしさぁ
余計なもの持って帰って、帰国後もムンパレにはご迷惑をおかけしてしまったしさぁ
トラブルもあったし、なんだかんだ、ダメ女です、わたし。
そんな中、日本だと毎日肩の痛い生活だったけれど、NYではそれを忘れさせてくれました。
そしてわたしにも、NYに帰る場所ができました。
一段と、また変わりました。
――単純に、人に優しくなりたいと思えました。
そして、いろいろな人を知りたいと思いました。
世界は広くて複雑で、だけど面白い。
墨の色は漆黒だけれど、白い紙に乗せる墨の色は、重ね重ねの小さな層があって、多様に動く線があり、色々な交わり方があるように。
最後の、人の体温の温かさにほっとした。
本当は、もっといろいろ言いたかったけれど、言えなくて。強がりだなぁ。
最後にもらったものは大事に身につけてます。
今まで浮ついていた部分もなくなった。
人へ愛情を向けるということを思い出した。
亡くなった彼のことから、新しい自分が生まれた。
超キライ!とかいっぱい言ってごめんなさい。
ムーンパレス、ありがとうございました。
なくしていた、大切なこと、みなさんのおかげで取り戻しました。
大好きな、私の、NYの楽しいおうちへ。
Thank you for loving me★ I love MOON PALACE...XXX
あーやることだらけでいっそ死んでしまいたい。 ***
日々入れ替わる人の中で、いつもみんながフレンドリーだった。
中卒から、高学歴まで、学生から、社会人・アーティストまで。あんな風に人が交わることって、あるのだろうか。
最後「バイバイ」じゃなくて 「いってらっしゃい!」だった。嬉しかった。
また、「帰ってこよう」と思えた。
しかもmixiって便利ですね。マイミクになってたら繋がっていられるもの!
出逢った皆さんとマイミクになりました!
ゲストハウスは5日くらいだったのに、マイミクが10人以上増えました(笑)
どうか出逢った皆様に、たくさんの幸せが訪れますように。
そして、これからも、どうぞよろしく。
MOON PALACE NY