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13-Nov-2011 Momoさん
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本日の内容は
● 北海道観光の穴場 -道南・函館編 その2-
● 編集後記
以上です
● 北海道観光の穴場 -道南・函館編 その2-
こんにちは、
今日はまず初めに、函館の歴史上どうしても語らなければ
ならない人物を紹介する。
”高田屋嘉兵衛”である。
◆高田屋嘉兵衛 (1769~1827)
http://www.ikemi-net.com/takadaya/
明和6年1月1日、淡路国(現・兵庫県)津名郡五色町都志で、
弥吉の長男として生れる。
子供の頃から大望をいだき、思いついたことは大胆に行動
したという。
22歳の時(寛政2年)、兵庫にいる親類の船頭堺屋喜兵衛を
頼って、下関まわりの船乗りになる。
27歳になった嘉兵衛は、和泉屋喜兵衛の沖船頭になって、
はじめて兵庫から日本海を通って酒田に出る。
庄内にて辰悦丸を新造した嘉兵衛は、酒・塩・もめん類を
積んで酒田におもむき、そこで米を積み込んで蝦夷地に
向ったが、目指した処は箱館だった。
当時嘉兵衛は、「幕府が蝦夷地を直轄するようになれば、
豊富な漁獲物は良好な港を持つ箱館に自然と集まるだろう」
と、箱館に目をつけていたのだ。
こうして嘉兵衛は30歳で箱館に根拠地を置き、屋号を
”高田屋”とし北洋漁業の基礎を築き商売を拡張させて
いった。
有名な史実として、文化8年(1811年)ロシアの
”ゴローニン事件”が発生。
これは、嘉兵衛がエトロフの漁場など視察の帰途、
ロシア船ディアナ号に捕らえられてカムチャツカの
ペトロパウロスクに上陸した際、既に幕府に捉えられていた
ゴローニンの釈放、という国際的外交に当たり円満解決を
して賞讃された。
この事件を契機とし、嘉兵衛の名声は一層強固となっていった。
文政元年(1818年)、嘉兵衛50歳で商売を正式に養子として
迎えた弟の金兵衛に経営を相続させ郷里の淡路に帰った。
文政10年(1827年)4月5日、59歳でこの世を去る。
高田屋の七代目高田嘉七氏(東京在住)は、「当時嘉兵衛の
資産は、現在の価値に直せば、およそ7兆円規模にあたる」
と言う。
また、「幕府はそれだけの資産を一般人が有していたことに
強い懸念を持ち、金兵衛に相続させた直後に色々な因縁を
こじ付け、財産を全て没収した」とも語っていた。
嘉兵衛は高田屋を経営するにあたり、現在の簿記の理論を
当時いち早く取入れ経営の合理化に着手し商売を拡張させ
た。
いずれにせよ、嘉兵衛が当時の箱館に与えた影響は計り知れ
ないものがあったことは言うまでもない。
<参考資料:はこだて人物誌>
さて函館の歴史を若干紹介したが、函館という土地が
日本史上大きな関わりを持った、ことは前号ともにお分かり
いただけたと思う。
ここで本題である穴場探しに戻ろう。
先ずは、2006年新タワー(高さ100メートル)に衣替えした
五稜郭をご紹介しよう。
徳川幕府の命を受けた蘭学者武田斐三郎が設計を手掛け、
1864(元治元)年に完成した、国内初の西洋式城郭である。
前号でもご紹介した通り、戊辰戦争終焉の舞台となった。
◆特別史跡五稜郭
http://bit.ly/vyRmwR
MC:86 165 417
ちょうどゴールデンウィークが、例年桜の見ごろ。
次は何と言っても函館山からの夜景。
標高334メートルから見下ろす、通称「100万ドルの夜景」
と称されるように、今では国内のみならず「世界三大夜景
(香港、ナポリ、函館)」として大変メジャーとなり、多く
の外国人観光客が訪れる。
◆函館山からの夜景
http://bit.ly/sGL0xx
MC:86 109 170
山頂からは津軽海峡と函館港が左右にバランス良く見ること
ができ、正に宝石箱をひっくり返したような絶景である。
さてここからは、函館の西部地区をご紹介していこう。
この西部地区は、2時間から3時間位かけてゆっくりと散策して
いただきたい地区である。
外国人墓地、前にも話しているが、函館はペリー来航により
早くから開港を余儀なくされ、ペリー艦隊の二人のアメリカ
人兵士を始め、ロシア人、中国人、プロテスタント系の人々
がひっそりと葬られている。
◆外国人墓地
http://bit.ly/vTbPe8
MC:86 069 183
外国人墓地に隣接し、本山を永平寺に置く曹洞宗国華山
高龍寺、江戸初期に創始された寺で函館では一番古い
寺院。
北海道指定有形文化財である蠣崎波響の最高傑作と
いわれる「釈迦涅槃図」を所有していることでも有名。
◆高龍寺
http://bit.ly/v3Gfxf
MC:86 039 851
高龍寺から徒歩でおよそ10分、国の重要文化財に
指定されている太刀川家。
◆太刀川家
http://tachikawacafe.com/top.html
MC:86 070 553
明治34年、海運業で財を成した豪商・初代太刀川善吉に
よって建てられた、関西風の商家。
レンガ壁を漆喰で塗り込めた防火建築の内部は豪快な
木組み。
昭和46年(1971年)国の重要文化財に指定された。
1F部分は”タチカワ カフェ”として解放され多くの市民に
親しまれている。
中を拝見すると、当時の豪商家を覗わせる骨董品の数々、
作りも往時の最高技術を駆使した材料と手法。
通常は内乱はさせてはいないが、私に言っていただければ
内緒で見せてくれるかも!?
次に、旧イギリス領事館を訪ねてみたい。
国際貿易港として江戸末期(安政6年)に開港した函館には、
同じ年にイギリス領事館も設置された。現在は領事館として
20年間使用していた建物を復元し、開港記念館として一般公開。
函館市の有形文化財である。
2009年(平成21年)3月、開港150周年を機に展示内容を一新、
リニューアルオープンした。
◆旧イギリス領事館
http://www.hakodate-kankou.com/british/
MC:86 040 831
旧イギリス領事館の目の前に小公園(元町公園)があるが、
その奥にそびえ立つ鹿鳴館時代を思わせる建物が、
旧函館区公会堂である。
明治43年、当時の洋風建築の粋を集めて造られたコロニアル
・スタイルの木造建築で、国の重要文化財。
二階のバルコニーからの港と坂の眺めは絶景。
明治40年(1907年)の大火により、町会所が焼失し、新たな
集会所の建設の計画が持ち上がった際、初代相馬哲平
(函館の四天王)が50,000円の寄付を申し出て、明治43年
(1910年)工費58,000円余りで完成した。
木造2階建ての擬洋風建築、アメリカのコロニアル風洋館で
明治期の洋風建築。
◆旧函館区公会堂
http://bit.ly/vIyfDm
MC:86 040 764
次に、ハリストス正教会へ行ってみよう。
ハリストス正教会の歴史は、1858年(安政5)ロシア領事
ゴシケウィッチと共に、領事館付司祭イオアン師が箱館に
着任した時からである。
ロシアは正教会が国教としていたので、領事館等を外国に
設けるときには聖堂を建て司祭を派遣した。
1983年、大正時代の建造物としては全国で二番目に国の
重要文化財に指定された。
◆ハリストス正教会(ロシア)
http://bit.ly/uiMelc
MC:86 040 536
更にこの一角には、函館聖ヨハネ教会、カトリック元町教会
など正に各国の協会が一同に会するか如く立ち並んでいる。
平和を象徴している地区である。
函館聖ヨハネ教会は、1874年(明治7年)に、イギリスの
宣教師デニングが函館にやってきて伝道をはじめ、4年後の
1878年(明治11年)に英国正公会の日本教会として聖堂が
建てられた。
函館は昔から大火が多く、現在の建物は、1921年
(大正10年)に再建され、 1979年(昭和54年)に改築
されたもの。
白壁には十字架があしらわれ、茶色の屋根を上空から見ると
十字架に見える建物でる。
夜は美しくライトアップされ、誠に幻想的である。
◆函館聖ヨハネ教会(イギリス)
http://homepage3.nifty.com/john-hakodate/
MC:86 040 508
次いで、カトリック元町教会をご紹介しよう。
カトリック元町教会は、江戸時代末期にフランス人の
宣教師が建てた仮聖堂が始まり。
1876年(明治9年)に創建されその後、大火によって焼失
するが、 1910年(明治43年)にレンガ造りの建物として
再建された。
しかし、再び火事で焼失し現在の建物は、1924年
(大正13年)に、焼け残ったレンガ造りの外壁を使用して
再建されたもの。
六角形のとがった塔や風見鶏のあるゴシック様式の建物で、
聖堂内部の祭壇は、ローマ法王ベネディクト15世より
贈られた日本で唯一のもの。
◆カトリック元町教会(フランス)
http://www.csd.or.jp/chrch/moto.htm
MC:86 040 598
そして上記三つの教会のすぐ脇に日本で初めての
鉄筋コンクリート造りの東本願寺函館別院
(正式名:真宗大谷派函館別院)がある。
松前の専念寺6世浄玄が渡島国上磯郡の木古内村に
阿弥陀堂を創建したが、1710年函館に移転。
幕府の命により本願寺箱館御坊浄玄寺として、
本願寺の掛所となり1876年本願寺別院となる。
1907年の函館大火で堂宇が焼失するが、1988年11代目
伊藤平左衛門により改修。
1989年、函館市より伝統的建造物の指定を受ける。
◆真宗大谷派函館別院
http://bit.ly/tz1XkC
MC:86 041 512
まだまだ続きはありますが、今日はこの辺にしておきます。
この続きは、また次回以降にご紹介致します。
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● 編集後記
野田総理が、ハワイで開催されるアジア太平洋経済協力
会議(APEC)に出席のため11日出発した。
最大の懸案事項である環太平洋連携協定(TPP)交渉
参加に向けてである。
TPP参加については、国内でも賛否両論分かれるところ
であるが、出発前の参議院予算委員会での一コマが気になる
ところだ。
それは、最後の質問者である社民党党首である福島瑞穂
議員の質問ともつかぬ脅し発言だ。
「TPP交渉参加について国会で議論せずに、記者会見で
発表し、いきなりAPECの場で参加表明するということ
は、国会を軽視しており愚弄するなにものでもない!」
とのこと。
勿論、TPP交渉参加については、一方的に参加表明しても
各国の同意がなければならないことではあるが、どんな結果
にせよ、首相帰国後にはまだまだ一波乱も二波乱も付き
まとうことは避けられない。
大桃泰行
















