(また段ボール箱かよっ!?今度はなんなんだ!?あんなんやらこんなんやら色々ありすぎて予測つかねぇよ!!)
ごくり
よもやまたタヌキの来襲かと身を強張らせる新の見守る前でなんの躊躇いもなく看板猫が開いた箱の中身は今度こそ新を凍り付かせるものだった。
――――ひっ
それは箱の中から溢れそうなほど溜めこまれた手紙の束だったのである。
「あのさ・・・一応確認すっけどさ・・・アイツのメシってそれ?」
ピンク色のオーラを漂わせた大量の手紙の差出人は全て看板猫の情夫である魔王その人からだった。
「そ、なんか気づいたら溜まっちまっててさ・・・こんなにもらっても置き場にこまるよな~・・・黒ヤギさんは俺とあの人の間行き来して手紙も運んでくれっけどさ、実は黒ヤギさんの主食は『萌』なんだ。だからあの人が俺にくれるこっ恥ずかしい手紙はまさにうってつけってわけ・・・俺ん部屋も片付くし、ホント助かるぜ」
もはやどこからつっこんでいいのかすら新にはわからなかった。ドン引きするほどの手紙すらスルーして使い魔のエサにしてしまう彼の豪胆さには頭が下がる思いだった。
(猫耳パワー強え・・・)
目の端に写りこんだ、悶絶してしまいそうな濃厚な恋文の数々を前にしてもけろっとできるなんてもはや神業に等しかった。
「黒ヤギさ~ん!!・・どっかでふて寝でもしてんのかな・・・あ、そだこの手があった
・・・コホン、まめが呼んでるぞ~」
そう言った直後だった。突如目の前の空間に小規模な渦巻き雲がどこからともなく発生したかと思うと一瞬の瞬きの間にいつの間にか卓上に小っこい黒崎さんの姿が出現したのだった。
「萌~」
型の抱き枕とおぼしきものを小脇に抱え、目を爛々と輝かせた興奮状態で怪しさ満載のオーラを漂わせた小っこい黒崎さんの姿に、我が身の危機をいち早く感じ取ったのかごろんと横になっていたはずのまめは素早く臨戦態勢になり、その手には愛用のデッキブラシが握られていたのだった。
「たぬっ」
(あん時と違って猫耳つけてねぇけど・・・大体何言ってるかわかんな)
恐らくこれが彼らの日常なのだろうと感心しながら新は事の成り行きを見守ることにした。
「たぬっ」
自分をダシにする主に向かい文句を言うまめの喉を指の背で優しくくすぐりがてら、お気に入りのメロン味の金平糖で懐柔した看板猫は、小っこい黒崎さんに向き直ると手紙の束を指さしながら命じた。
「ほらまめとは後で遊びな。黒ヤギさん・・まずは飯の時間だぞ」
「萌」
まめに気を引かれながらも大量の萌を前に食欲が刺激されたのか、まめに抱き枕を押し付けると飛び込みのポーズをとった小っこい黒崎さんは卓上から段ボールの中に満ちた手紙の海へとダイブを決めたのだった。
(・・・すげ~勢いで美味そうに食べてるし。・・はあ、でもなんかもったいない気もすんな。俺、黒崎さんとでやりとりとかしたことねぇもんな・・・持たせてもらってからはメールばっかだし。それにホントに大切なことは言葉や態度で伝えようとしてくれるひとだからさ)
「・・大切な手紙なんだろ?・・置いとかなくていいのか?」
なんとなく非難が滲んでしまったのを察したのか、肩を竦めた看板猫は気負わずに頷いた。
「そっかもな。実はさ・・ここだけの話、気に入ったやつはちゃんと別にとってあんだ。なんてぇかさ・・・手紙ってやっぱいいじゃん?一文字一文字気持ちこもっててさ・・・沈んだ時とか勇気づけられるってえかさ」
「・・・・うん」
「・・それにさ、黒ヤギさんが食べた手紙に関してはメモリー機能完備だし。頼めばあの人の声で臨場感たっぷりにメッセージ再生してくれっから。」
想像してしまいあまりの恥ずかしさに絶句した新は、物凄い勢いで手紙を食べる実は意外とスゴイかもしれない小っこい黒崎さんの姿を呆然と見ていることしかできなかったのだった。
すっかり腹が膨れたのか、抱き枕に並んで寝そべり仲良く昼寝するつがいの微笑ましい姿に和んでいると、片肘をついた看板猫が穏やかな声で言った。
「・・・俺さ今でこそ自由だけどさ、あの人の従魔だったころは何もかも諦めなきゃいけないことに落ち込んでたんだ。困ってる人の力になりたくて弁護士になるって夢まで諦めなきゃならないのが悔しくてさ。親父やお袋が死んでも俺はずっとこの姿のままであの人と一蓮托生の存在だなんて正直キツかった。あの人を慰めること以外俺にできることはないんだって絶望しかけた時さ今の大将にあったんだ。
『坊主、落ち込むのは早い、お前にもできることがあるはずだ』
ってあの人は言ってくれた。俺、嬉しかった。気づいたら俺のことなにもかもぶちまけててさ・・・大将は黙って聞いてくれた。ンでさ、招き猫やらないかってこの店に誘ってくれたんだ。『ガキが遠慮すんな一日一善ってなもんよ』って豪快に笑ってさ。ま、実はただの招き猫好きのおっちゃんだったんけど」
「へ~そうだったんだ」
逆境にめげずに頑張る姿に心打たれる新の脳裏に和食屋の壁に飾られた『一日一善』と達筆でかかれた扁額が過った。
途方に暮れていた彼にとってそれはまさに天啓に等しい出来事だったのかもしれなかった。
壱哉に出逢うまでは一人で生きていくと決めていた新自身、さりげなく手を差し伸べて、あるいは温かく見守っていてくれた人々の想いがあったからこそ絶望せずにすんだのだと改めて思うと胸の奥が熱くなる心地がした。
「・・だからさ、お前も頑張って弁護士になれよ?」
「・・・・・うん」
澄んだ瞳の彼が果たせなかった夢を託された新は、胸が詰まる思いでしっかりと頷きかえしたのだった。
おしまい