「欲」というものの認識について。なんとなく書いてみる。
小中高と、休み時間の大部分を図書室で過ごす中で、いろんな本を読んでた。
そこで読んだブッダの漫画で印象に残ってるのが、人間の欲や思想について。
本当の内容や詳しい記述は定かではないけど、自分の記憶に残ってることを。
あまりに欲が多いと、人間は苦しむことが多い、みたいなことを読んだ気がして。
そこですぐさま無欲になれるほど、悟りきった中学生ではなかったと思うけど。
ただその頃の記憶が、それから数十年経ってもどこかに残り続けてる気はする。
なにかの宗教を盲目的に信仰することはまずないけど。
それぞれの考え方に学ぶ部分は多々あるとは思いながら、ざっくり読んでた。
これのこの部分は良いと思うけど、その部分は理解できない、というのがよくあり。
なにかひとつの信仰をひたすら守るひとが、少し苦手で。
ぶつかるくらいなら、交わらないようにしよう、そんなこともあったような。
その頃の考え方が根付いてしまったおかげか、
組織での行動がそんなに得意ではない。今でも。
もちろん決められたことを最低限守ることはできるし、
ルールを破りまくって誰かに迷惑をかけるようなこともない。はず。
20代の頃にやってた倉庫管理については、
わりと自由にやらせてもらう中で、とことん自分の納得のいくまで仕事をして、
入りたてから管理者になるまでの数年間で、良い環境を作れたと思う。
それに慣れてしまってたせいか、東京に来てからの組織にうまく馴染めなかったのかな。
すごいな、と思える部分はあっても、なんだかな、と思う部分の方が多くなったり。
自分を完全に押し殺してまで、その場所に居続けたいとは思えなくて。
そんな環境でも盲目的になれるひとなら、まず会社や上司の言うがままに行動して、その中でいつか自分の場所を築いていくのかな、とか思ったり。
初めのうちの学びというか我慢の先にある、未来に対しての欲を持てなかった。
名のある企業に所属してて、数年、数十年頑張っていければ、それなりの地位や収入が手に入るのだろうけど。
その頃も、今も、正直そこにそんなに興味がなくて。
興味といえば。興味はいろんなことにもった方がよいな。
欲も、ほどほどにないと、だんだんと「無」になっていく気がしてならない。
中庸って言葉、好きだったなー。
健康に育ててくれたおかげさまで、日々何の支障もなく生活できてる。
ネットで見かける東京家賃相場から2〜3万ほど安い部屋でも、
9年住んでなお飽きないほどに心地よい場所と思える。
この数年で買いたいと思うものが、PCや道具など仕事に関するものくらいしかなくて。
なくても困らないけどあったら便利、的な道具がやけに増えていく。
数少ない楽しみである仕事も、ありがたいことに最近はほぼ毎日あるし。
依頼してくれる仕事に対して精一杯応えることが、今の生きがいになってたりして。
こんなんじゃ定年後どーなるのやら。まぁ自分の定年っていつなの、って気もするので。そこまでのことは、今は考えない方向でいきましょう。
そう。欲、もーちょっと欲を出していこう、と考えてましたって話。
ちょっと書くつもりがだいぶ長くなってしまった。
って書いてたら、ちょうどこの時期、近所の普通公立高校に受かった報告をした際に中学の担任さんから言われた、「もったいない」って言葉を思い出したり。
ちゃんと頑張れば地域で最高ランクの高校に行けたはずなのにね。とか。
それは欲というか、頑張る気がなかった、と思う。
よく知る仲間とほんの数時間で終えた1日の仕事のあと、異様に時間を持て余した結果がこの長文。誰が読むのかしら。明日の仕事に備えて、ぼちぼち寝ましょうか、ね。