会社の先輩との理想のシチュエーション

『先輩、ちょっとハナシ聞いてくださいよ~、私おごりますから』
「君もいろいろ大変だねぇ、いいよ、どこにする?」

と、いつもの感じで、いつもの居酒屋に寄って愚痴をぶちまける。
先輩は静かにうなずきながら、かすかに微笑んで話を聞いてくれる。
この人のそばにいると落ち着くなあ、と思いながら、
自分は話し続ける。
ただ、愚痴なんて人に話したところで、
決して答えが出るものじゃないことを、
いつも最後に思い知るのだけれど。

『ありがとうございました、じゃぁ私が……』
「いや、後輩の君に出させるわけにはいかないよ」
『いえいえ、誘ったのは私ですから、では割り勘で……』
こんなやりとりもいつものことだ。

そして先輩はいつも私の家まで送ってくれる。
職場、居酒屋、そして自分の家までの間は人通りが少なく、道も暗い。
付き添ってもらえるのは、いろんな意味で嬉しい。

居酒屋からの帰り道、いつものように二人で並んで歩く。
居酒屋で話したいことは話してしまったので、
帰りはいつも無言になってしまう。何か言葉を探す。出てこない。
それをもどかしく思いつつも、この静かな時間がいとおしく思える。

やがて家が見えてくる。
この瞬間がいつも一番嫌だ。
また明日会えるのに、一度さよならしなければいけないのが嫌だ。
嫌がっているうちにも、少しずつ家が近づいてくる。

「…ところで」
歩きながら、先輩が突然声をかけてきた。
『…はい?』
歩きながら、自分は聞き返す。
「好きだ。君が」
歩きながら先輩は言った。

その言葉を聴いたとたん、息が苦しくなった。
混乱し、言葉を探すことすら出来ないまま、
足は家の前に着いていた。

「……それじゃ、おやすみ」
いつもの笑顔を残して、先輩は手を振り、きびすを返した。