シルバーウィーク中、仕事で非常に重い出来事がありました。

若い研修生に関する突然の訃報が入り、その後の対応に追われています。

 

関係者との連絡調整や必要な手続きの確認など、 通常の業務とはまったく性質の異なるやり取りが続いています。

祝日であっても対応が途切れず、心の休まる時間がほとんどありません。

 

人の死に関わる業務は、どれほど冷静に進めようとしても、 胸の奥に重く沈んでいくものがあります。

「仕事だから」と割り切れる種類のものではありません。

 

そんな中で、家では長男のゲームの叫び声が続いていました。

しかもその叫び声は言葉が荒く、聞くたびに心が削られていくような感覚がありました。 

仕事で抱えていた重さの中で、あの叫び声を受け止める余裕がもう残っていなかったのだと思います。

 

正直に言えば、 こんな状況の中で、あの叫び声を聞くことが“許せなかった”のだと思います。

心がすでに限界に近づいているところに、 日常のストレスが積み重なり、耐えられなくなってしまいました。

 

昨日、私は長男に「もう限界です」と伝えました。 

その言葉は、彼にとってとても重く響いたかもしれません。 

涙ぐんでいるようにも見えました。

 

けれど、あの瞬間の私は、 仕事での負荷と家庭での疲労が重なり、 「これ以上は無理」というところまで追い詰められていたのだと思います。

 

今日こうして文章にしてみると、 自分がどれほど大きな負荷の中にいたのか、 少し客観的に見える気がします。