特に泣かせる曲っていうわけでもないはずなのに、
 この曲を聴くたび、泣きたくなってしまうのは、私だけでしょうか。
 あまりにも綺麗で、純粋で、パワーに溢れすぎているものに出会ったとき、人は何よりもまず、泣きたくなってしまうものなのかもしれません。
 それほどまでに、力のある曲。フジのファンの人でも、とりわけこの曲が好きという人、多いのでは?

 ダイちゃんが作曲に関わっているだけあって(志村君との共作)、メロディーとピアノアレンジがほとんど「込み」という感じで、要所要所にピアノの音が効いてます。
「雷鳴は遠くに…」の後に続くフレーズや、間奏の後の「黙って見ている…」の後ろで響く力強いストローク。そうした透明感のある音が、この曲の美しさを形作っているように思えます。
 あと、私が大好きなのは、間奏のところの、感情が一気に爆発するようなキーボード。
 ものすごい速さのアルペジオを叩きつけるように繰り返す、力技というか、禁じ手というか。ただそれだけなのに、聴き手の心を持って行ってしまうのだから、すごい!! 
 世界広しといえども、こんなソロを作り出せるのはダイちゃんしかいないに違いなく、ここを聴くたび、ダイちゃん、天才!! と拍手せずにはいられません。

 この曲の「美しさ」を担っているのがピアノの音だとすれば、「パワー」の部分を支えているのは、まぎれもなくドラムです。これほどテンポの速い曲なのに、16ビートを駆使した転がるような疾走感は最初から最後まで失速することなく、圧倒されます。先ほどの間奏のところでの爆発っぷりは、ダイちゃんに負けていません。
 当時のドラマーは、サポートの城戸紘志氏。両国国技館のライヴで見ると、どちらかといえば細マッチョな印象の人なのに、たたき出す音のパワーははかり知れず。
 ライヴでは、ソロ合戦でメンバーの誰よりも目立ってしまうなど、お茶目でアグレッシブなところも見せていました。

 そして、この曲の「純粋さ」を作り出しているのは、言うまでもなく、志村君の作る歌詞でしょう。「青春の輝き3部作」(勝手に命名)の名にふさわしく、描き出される情景のひとつひとつが、切ないぐらいにキラキラしてます。
 真夏の夕立、遠い雷鳴の音、一転して射し込む光、やがて夜になって、降るような星の輝きにあふれる空。その合間合間の感情表現がまた、巧みで……。
 心に抱えた屈託が、雨に打たれることで「どうでもよくなって」、目の前で繰り広げられる情景の変転に、気持が高揚するままに、「君」の元へと駆け出してゆく。
 「バスに飛び乗って」というのが、また、良いですよね。車じゃなんだか大人だし、電車は駅の階段を上って切符を買って、ってところで意気が削がれてしまいそうな気がする。
 そうやって「君」の元にたどり着いた「僕」の待つ言葉の先が、幸せなものでありますようにと願わずにはいられないのですが……。
 かならずしもそうとはならないことを知っているからこそ、大人は泣けてきてしまうのかも知れません。

 ところでこれは蛇足ですが、
 「言葉の先を待っている」という歌詞、私はずっと、「言葉の砂丘を舞っている」だと思っていました。
 歌詞カードを見た後も、やっぱり、何度聴いてもそう聞こえてしょうがないです。
 鳥取砂丘のようなところに、ペナントだのキーホルダーだのといったキッチュなお土産が次々に降り注ぐ(はい、『落ちてくスーベニア』です)。そうした光景を、いつも自動的に思い浮かべてしまいます。
 それは、志村君の意図するところではないに違いないのですが、
 それなりに詩的な光景だと思いませんか?




前のめりに走る(?)志村君が可愛い。両国国技館LIVEの一幕。

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