中学2年の夏休み、同級生がRG50を買ったので人通りの少ない早朝に試乗した。勿論、免許はない。

当時の原チャリはノー・ヘルOKの道交法だったので夏の早朝の爽やかな風を感じながら近所の裏通りをチョロチョロ走っていたのだが人間というのは欲があり大通りに出てみたくなった。

そこで大通りに出て最初の信号が赤なので止まったら後ろにパトカー、あえなく御用。

家庭裁判所出廷の日と中学最後の遠足の日が重なったので遠足は不参加という良い思い出ができた。

高校に進学したあともバイクに乗りたい気持ちは変わらなかったが私学の為バイク免許の取得は禁止。

附属高校なのでバレたら大学への推薦を取り消されてしまう。

校則にバレたらと書いてあるのでバレなければ良いんだと言う勝手な解釈のもと誰にも言わず運転免許試験場に行って原チャリ免許を取得。

親にも内緒なのでバイクを買う事ができず友達のバイクを借りて乗ってる時期だった。CB50・マメタン・RX50等々。

高校3年時には車の教習所に通い免許を取得したのだが、やはり車よりもバイクの方が好きなようで高校卒業する頃には中型二輪を取得してバイク人生の始まりとなった。

この高校3年時は初代ソアラのデビューで、喋る車&2800ccツインカムって事で世間を賑わせていた。




初めて買った中型バイクはGS400FWだった。

電気仕掛けのメーターで、走ってる時のギアがデジタルメータに表示されると言う画期的なものだった。

このバイクで人生初めてのお泊まりツーリング、東北へ4泊5日の旅へ行った記憶がある。

当時のバイク仲間はVFR400,XL250,GSXR400、NS400・・・

その頃、巷では映画「TOP GUN」が流行りKawasakiのNinja900が一世を風靡、

逆輸入車の為周りのバイク乗りは900ではなく国内仕様のニンジャ750に乗ってる奴が多かった。

私は中免の為、GS400FWからGPZ400R(赤いホイールの限定車)に乗り換えた。

そしてGPZ400Rと共に大学を卒業し87‘の5月に渡米し大型バイク生活が始まった。

在米中のバイクは書庫「LA留学記」記載済




帰国後は中型免許に逆戻り・・・

帰国後に買ったバイクがゼファー400,バンディット400(ロケットカウル)、スティード。

イメージ 1


スティードに乗っているとハーレーに憧れるのは必須。

一念発起と言うか楽をして大型免許取得へ

勿論、大型二輪の教習制度なんて無かった時代なので試験場へ・・・

神奈川県では限定解除取得は難しいので某県に住所を移し限定解除した。