
この頃も相変わらずの生活で午後から飛行学校へ行き訓練をして夜はバンブーで飲んだくれの日々を送った。
夜中、2時で終わるバンブーの帰りがけにウェイトレスのヨシエとデニーズで腹ごしらえをしたり昼間は同じくウェイトレスのカズエとランチに行ったりと清い付き合いをしていた。

とある夜、バンブーが閉店になりカズエと一緒に地下のパーキングまで一緒にエレベイターを降りてきたのだが、私が自分の車に乗り込もうとした時にカズエが「家の鍵を忘れてきたから家に入れない」「だから、泊めてくれないか」と・・・
これが数年前に別れた嫁である。
今思えば、自宅に鍵を忘れてくるって事は自宅を出る時に鍵をかけ忘れたって事だろうか・・・
この危険なLAで家の鍵をかけ忘れるなんて事は考えられない。
この危険なLAで家の鍵をかけ忘れるなんて事は考えられない。
彼女は昼間はサンタモニカ・カレッジに通い、夜はバンブーでウェイトレスと言う生活パターン、
私は飛行学校へ行き、夜はバンブーでカラオケ三昧・・・
この時点では、この後3人が一緒に住むなんて事は誰も考えてはいなかっただろう・・・
そんな時間を過ごして1989年の年末を迎えるのだが、甥っ子兄弟が冬休みを利用してLAに遊びに来ると言う連絡が入った。