89年7月19日
本格的にヘリコプターの訓練を再開した。
Log Bookによると、この日から立て続けにヘリコプターで飛んでいる。
教官はトーマス。私より年下で、今で言うイケメンって感じだ。


飛行機の時と同じようにsoloに出る事を目指し毎日のように訓練を受けた。
当面の課題であるホバーリング・・・これに明け暮れる毎日だったような気がする。
今思えばヘリコプターの訓練の中でこのホバーリングの習得に一番手こずった。
何度やっても上手くいかない。教官が操縦桿から手を離した瞬間機体が笑えるくらいに踊り出す。
ある日、教官が「遠くの目的物を1点決めて、それを見ながらホバーリングしてみろ」と。
確かに以前よりは機体が踊らなくなってきた。
コツを掴んだせいか段々ホバーリングらしい形になってきている。
それまでは自分のデキが悪い劣等感と飛行機とは違う緊張感で体が硬くなっていたような気がする。
飛行学校に6月から入校したという訓練生がいた。
名前はタカミツ。話を聞くと同郷の人間だった。
地元のとんこつラーメン屋(くまもとラーメン)の話で盛り上がったような気がする。
巷で流行っている○○○○○亭はここをお手本にしたのは一目瞭然だ・・・


タカミツは私より4つぐらい年下だったと記憶している。
ひょんな話から私の愛車オールズモービル(アメ車)を彼に売る話になった。
確か$1800で売ったような気がする。
車が無くなった私はバイクで行動するようになり飛行学校も飲み屋に行くにもGL1200を使っていた。
飲み屋に行くと言っても週末だけで平日は飛行機の時と同じようにヘリコプターの勉強に明け暮れた。
あの飲んだくれ生活からどうやって復活したのか不思議でならない。
しかし、今思えば3日に1回はヒロシ君が私のアパートに電話をくれて、学校に出て来いと耳にたこができるくらい言われた。
彼無くして私の人生に於いて事業用操縦士や教官という言葉はなかったであろう・・・