写真の日付を追っていくと、89年4月1日からカスミとバイクで旅に出ている。

 

あの時は行き先を決めず日数を決めず昼間は走って日が暮れたらフリーウェイ沿いのモーテルで暖を取るような旅だった。

 

 

ゆっくりと、のんびりと時間が経過していくような感覚だった。

 

 

周りに何もない田舎のモーテルにチェック・インし、近所のレストランで食事をして帰りにリカーショップでアルコール&夜食を買って戻ってくる。

 

 

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ここがカリフォルニアなのかと思うほど田舎だ。

 

 

3泊したのか4泊したのか記憶にないが、この時カスミが大きな問題に直面していることを私は知らなかった。

 

 

何故カスミは私に言ってくれなかったのだろうか・・・
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4月25日は私の誕生日だ。前日にカスミから電話があり料理を作って待っているから、と。

 

 

 

 

 

 

 

当日の夕方カスミのアパートを訪ね彼女の手料理をいただいた。

 

 

この夜、カスミは私と一緒に過ごそうと思っていたのかもしれないが悪人の私はクラブで用意されているバースデイ・パーティーへ行ってしまったのだ・・・

 

 

クラブでは9時から私のパーティーがスタート予定されていたので8時過ぎにカスミのアパートを後にした。

 

 

これが事実上の別れだった。

 

 

この日から3ヶ月ほどカスミには会っていなかったように記憶する。と言うか会ってくれなかったような・・・・・

 

 

 

 

 

 

そんなある日、酒の勢いに任せバンブー5の帰りにカスミのアパートへ行った。

 

 

 

 

 

 

時間は夜中の2時過ぎ。

 

 

カスミの車がアパートの前に止まっているので帰宅していることがわかった。

 

 

ドアをノックするとカスミが鍵を開けた。

 

 

中に入り、言葉を交わしながらテーブルの前に座った。

 

 

ふとテーブルの上を見ると、いくつかの薬の瓶が・・・

 

 

アメリカの場合、医者の処方した薬の場合、瓶というよりプラスティックの容器である。

 

 

簡単に言うとタッパーウェア(主夫っぽい?)を縦長に細く小さくしたような入れ物なのだ。

 

 

記憶では3種類ぐらいあったような気がする。

 

 

カスミがゆっくりとこの3ヶ月の出来事を話し始めた。

 

 

二人で泣いた・・・

 

 

日数をかけて旅をしたバイクの振動が一番の原因だったのだろうかと思ってしまう。旅になど出ずにLAで普通に過ごしていたら・・・・・