ヒロシ君は、次に双発(プロペラが2つあるやつ)に乗ると言う。

 

優柔不断な私は、「じゃ~、俺も双発に乗るわ・・・」と。

 

 

それから双発の訓練が始まったのだが、練習する機種がツイン・セスナ310(6人乗り)と言うやつで操縦桿やラダーが非常に重い。

 

 

着陸時のフレアー(飛行機のタイヤが滑走路に着く前に機首を上げて後ろのタイヤから着地する)は操縦桿を両手で手前に引かないと動かないほど重いのだ。

 

 

しかも飛行中に片側エンジンを停止させて1つのエンジンで飛行する練習もするのだが、停止させているエンジンと反対のラダーを踏むのも重くて足が吊ってしまうので一苦労であった。

 

 

これで試験が受けられるのかと疑問に思った。しかし、エンジンパワーは双発機なので力があった。

 

 

8000ccのエンジンが2つ付いているのだから・・・・・

 

 

体力が必要とされるツイン・セスナは少々無理があるのでヒロシ君と私は4人乗りの双発機、ダッチェスに乗り換え訓練を続けた。
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この時の教官はアメリカ人のスティーブ、元々はハンガリーからの移民らしい。

 

 

総飛行時間18000時間、

 

 

飛行機もヘリコプターも計器飛行まで教えられる全米で数百人程度しかいない教官である。

 

 

歳も40代前半だったから今頃は30000時間を越えているのかと想像する。

 

 

このツイン・セスナ310とダッチェスで数時間訓練しただろうか、ヒロシ君と私は双発訓練をしながらヘリコプターの体験飛行に乗ってみた。

 

 

ロビンソンR22と言う機種なのだが、大きさは軽自動車の半分ぐらいで2人乗りである。

 

 

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初体験のヘリコプター・・・教官の名前は忘れてしまった。

 

 

何故なら、この教官とは1時間ほどの付き合いでしかなかった。

 

 

後日、この教官は海の上を飛行中、波にスキッド(ヘリの足)がひっかかってしまい亡くなられたのだ。