そんな生活を続けて時は流れ9月の中旬だったと思う、クニがホストファミリーを出て一緒にアパートに住まないかと話を持ちかけてきた。

 

場所はSawtelle Av.とPalmsだ。近くにマクドナルドやスーパーがあり便利で、1ベッドルーム、1バス、ロフトが付いて賃料$850。ベッドルームを使う私が$500払いロフトのクニが$350。駐車場もセキュリティー・ゲート付きだ。おまけにプールとBBQガーデンが付いている。

 

 

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10月6日に引っ越しが完了して生活のベースがアパートと言う事になったが朝食は食べずに学校へ行きランチは学校近くで外食。夕食はバイト先のガソリンスタンドで手料理の和食。バイトのない時は歩いて行けるほど近いマクドナルド。正確にはマクダーナルズ。

 

 

中々良い環境で時は流れていったある日、クニからバイト先へ電話があり「ステーキを買ったから、夕飯は食べないで帰ってこい」と。

 

 

バイトが終わり10号フリーウェイに乗って西へ向かいNational Bl.で降りてそのまままっすぐ進んでSawtelle Av.を左折するとすぐに我がアパートだ。

 

 

部屋にはいるとカスミも来ていてクニと先に食事を済ませたみたいだった。ふと、調理台を見るとキッチンには似つかない黄色いボトル。

 

 

俺:「これ何?」

 

 

クニ:「ステーキ焼くのに使った油」

 

 

俺:「これ、エンジンオイルじゃね~?」

 

 

カスミ:「だから変な味がしたんだ」

 

 

俺:「食っちゃったの?」

 

 

クニとカスミが顔を見合わせていた。

 

 

俺:「ちゃんとラベルにモーターオイルって書いてあるぜ~」

 

 

私は危機一髪で難を逃れたと言う感じだ。
その後、カスミがマクドナルドの向かいにあるスーパーへ行き食用油を買って私の夕食を作ってくれた。

 

 

そんな冗談交じりのアメリカ生活を送っているある日、カスミにたまには学校へ出て来いと言うために彼女のアパートに行ったのだが本人は学校はやめるかもしれないと。今考えてみると、カスミは学校へ行かず何をしていたんだろうか。

 

 

そのカスミのアパートからの帰り道。10号フリーウェイに乗って東へ向かっていたのだが、渋滞に巻き込まれ速度を落とした。

 

 

隣の車線には1960年代のアメ車のオープンカー。ドライバーを見たらあのジョージ・マイケルだった。「Are you George Michael?」「Yes」。たったこれだけの会話だったがLAって、すげ~~って心の中で思った。

 

 

その直後、後ろからオカマを掘られてしまった。

 

 

こう言うときに使うのかどうか解らないが、知人のブログで勉強した「Life has twists and turns」って感じだろうか。

 

 

かなりの衝撃だったので私はハンドルにもたれ掛って動けなかった。

 

 

後ろの金髪女性のドライバーが降りてきて私に「Are you all right?」と。当然「Yes」とは言いたくない俺。携帯電話の無い時代だったので警察に連絡するのも億劫で、とりあえずお互いの住所など連絡先を伝えその場を立ち去った。

 

 

自分のアパートに戻った私はしばらく寝込んでしまった。

 

 

クニが弁護士に相談したほうが良いというので羅府テレフォン・ガイドという日本人向けの電話帳で弁護士を探し電話をかけてみた。

 

 

弁護士はアメリカ人なのだが日本人の通訳が居るのでなんら問題は無く数日後にダウンタウンにある弁護士事務所を訪れた。

 

 

あとは全て弁護し任せなので私は何もせず$10000近いお金を手にできた。

 

 

しかし首の調子が優れず私はウィルッシャー通りにあるDr.Takako Naruseという日本人の女医さんのカイロプラクターにお世話になることにした。

 

 

この頃はカスミも運転免許を取り、車を持っていたので、週1回の治療にはカスミが送り迎えしてくれた。