翌朝は9時頃目が覚めた。いつも通りトーストを焼き食事をしてからバイクで出かけた。

 

Sepulveda Bl. にあるアマチュア無線の店を通るとちょうど店を開けてるところだったので寄ってみることにした。中には新品の無線機や中古の無線機、それに無線関係の書籍が置いてあった。自分が持っているトランシーバの輸出仕様もいくつか並んでいた。

 

 

奥の角の方にはアンテナのつながった無線機が机の上に置いてあった。ダイヤルを回してみると、日本からの電波がよく聞こえていた。マイクに向かった話してみたかったが、マイクがつながっていなかったのでできなかった。それに電波法違反にもなってしまう。

 

 

私は、日本から来るときに、日本とアメリカの相互運用条約の免許を持ってきているので、日本の自分の免許の範囲内であればアメリカで電波が出せる状況にあった。

 

 

記念に1台買って帰ろうかと思ったが私のアメリカ生活はまだ始まったばかりなので帰国するときに買えばいいと思い衝動買いを阻止した。

 

 

ショーウインドーの中の無線機を見ていると後ろから誰か声をかけてきた。日本人か?振り向くと東洋系の顔の男だった。日本での私のアマチュア無線のコールサイン、JN1○○○がGジャンの背中に刺繍してあるのを見て声をかけてきたらしい。いろいろ話をしているうちに彼は、アメリカに住んでいる韓国人でアメリカのコールサインを持っているとのことだった。

 

 

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なぜかこういう趣味の話だと少しは相手の言っていることが理解できるような気がする。彼が言うには、今度の日曜日にロングビーチの手前のTWRと言う会社の駐車場でスワップミートがあるという。大きなスワップミートだから無線機でも部品でも何でもあるから一緒に行かないかと誘われた。

 

 

どうせやることないし学校も月曜日からだから連れってってくれと言った。自分のホストファミリーの住所と簡単な地図を渡して、迎えに来てもらうことにしてその店を後にした。

 

 

とりあえず家に帰って日本から持ってきたトランシーバで無線をやろうと思いスイッチを入れた。アメリカでも同じ周波数帯を使っている144MHzの無線機であるが、なんだかよく聞こえない。

 

 

それもそのはずステップが違うからである日本は20KHzづつ、アメリカは12.5KHzづつアップ、ダウンするのである。がっかりであった。

 

 

そうこうしていると、アンディーが夕食だと言って呼びに来た。食事をしながら今日の出来事をみんなに話した。

 

 

するとファミリーは、その韓国人は信用できる人間なのかどうかと聞いてきて私のことを非常に心配してくれた。

 

 

考えてみればそうである。私は、日本では立派な大人だけど、アメリカでは赤ん坊同然の話の分からない人間である。話が通じないから誘われてそのまま何処かへ連れて行かれて殺されてしまっても判らないかもしれない。私はなんて危ない橋を渡ったんだろうと思った。
 
日曜日の朝7時、無線屋で知り合った韓国人のキムが家の前に迎えに来た。

 

 

レスとキムがいろいろ話をしてとりあえずキムを信用してもいいだろうと言うことで私はキムの車に乗ってTWRの駐車場へと向かった。405号線を南へ下っていくと右側に大きなビルの屋上にTWRと書かれた看板があった。すぐにフリーウエイを降りて駐車場へと入っていった。

 

 

たくさんの車、たくさんの人である。並べられたテントの下にいろんな店がいろんな物を並べていた。端から1時間くらいかけて見て回ったがそれほど目新しい物もなく値段的にもそんなに安くないので、私は何も買わないで10時頃には、家に帰ってきてしまった。
 
今思えば、アイコムというメーカーのIC2Nというトランシーバの中古を買っておけば良かったと思う。日本仕様との違いは、テンキーが付いているかいないかという点である為希少価値があったのではと・・・

 

 

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家に帰ってきた私は、知らないうちにベッドの中に入っていて気が付くと夕方であった。今日の夕食もチキンであった。コカコーラとチキン、今思えばホストファミリーの家での食事はこの組み合わせの印象しか残っていない