パッサウから車で約7時間。700km以上。
オーストリア、スロベニアのリュブリャナを経由して、イタリアのトリエステ手前で南下してそのままイストリア半島へ。
2016年4月中旬 Istria100milesと銘打たれた大会。
イストリア半島の歴史、風土、気候、植生、人々の生活をダイジェストで駆け巡るかのように、東海岸から西海岸、アドリアの海を目指して走るレース。
久しぶりの海だ。でも潮のにおいはあまりしない。透き通った、青く静かな海。
ゆっくりとか、のどか、とかそういう形容ではなく、今までに感じたことのない、時空だ。
まるで、同じ空間にあるけど交わらない平行線を歩いている、みたいな。
彼らはそこにいる、確かにそれはわかる、けれど僕と彼らの間には異次元の壁があるように感じる。
そんな印象も、少し時間が経つと何かの気の迷いだったかのように立ち消えた。
大会本部は海岸沿いに建てられた白い大きなテントだ。
参加者の国の国旗が並べられていて、歓迎の気持ちを表してくれてる。
中には馴染みのスポーツ製品や補給食のメーカーブースが並んでる。
タイミングが早いのか、ブースにはまばらに人が詰めているだけだ。
受付はいたってスムーズ。
UTMBをよく研究して、さらに改良を加えた感がある。
スタート番号等の封筒配布、誓約書のサイン、必要装備の確認、トレイルブックの配布、ドロップバックの配布、観光案内の配布の順番だ。
その白いテント前。
受付をして気分がすっきりしたところで、もう一度目の前の海をみやる。
平日の夕方、大会のことなど気に掛けることもないように、一人の女性が佇む。
近くて遠い存在だ。
私が出走するのは、110kmの部。
コースは半島の東海岸Lovranを24:00に出発。標高約1300mをいっきにかけあがる。
そのあと進路を北、そして北西にむけて荒涼とした山地のアップダウンを繰り返し、
58km地点のBuzetがいわゆる大エイド。ここからはほぼ真西に向かう。
小刻みな波の音。地元の若者が数人で戯れるだけの海岸。
Tubeの昔の曲、Beautiful Worldがふと頭の中に流れてきた。
この110kmの部は、大会本部前の指定された場所に21:30集合。
ほとんどは家族や仲間との参加みたい。
ここで、スロベニアのジャーナリストと自称する女性が目線を合わせながら寄ってきた。
ちょっとお話ししてもいいかしら、みたいなノリだ。
アジア人が珍しいのだろう。
彼氏が参加すること、自分はフルが精いっぱい、スロベニアでもトレイルランが流行していること、この大会はこの付近では一番大きな大会だということ。
どういうトレーニングをしているのか、とか聞かれた。
話の流れで、こちらもスロベニアでのトレイル事情を質問してみた。
でも、スロベニアという国名を使わずに”あなたの国”という表現を多用したことを不快に思ったらしく、ドイツから来るときに通ったでしょ、とのこと。
こういうメリハリのあるツッパリ、新鮮に思いつつも、民族国家の成立背景を思うに至る。
ちょっと気が強いな。
バス乗り場に移動中。
まわりの参加者の装備を見回している。
いわゆる先進国からの参加者はよく見慣れたものだ。
でも地元の参加者らしい若いお兄ちゃんは、上はジャージ、下はスエットのパンツの人もいる。
なんだか懐かしい。
それでいいんだよな。
普段着だけど、リュックだけはしっかりしてる。こういうの、好きだな。
絶対に彼らの方が早いだろうし。
バスは合計4台。途中高速の出口で若干の渋滞。結局スタートの15分前に到着。
いそいでトイレを探す。なんとスタートのゲートの横に数基の簡易トイレがあるのみ。
で、UTMB主催のポレッティ夫妻の旦那ミシェルさんが参加。奥様のカトリーヌさんもここスタート地点に応援にきていた。
彼らを見るとなんだか落ち着くなあ。なにしろこちらは何度となく彼らを見ているのだからね。
カウントダウンでスタート。
いきなり町中の舗装された坂道。
しばらくは民家の間の小道を登っていく。
ひとしきり昇ってから、スタート地点の町 Lovranを眺める。暖色のライトと深い夜の青が似合う港町。
夜中スタートはうれしい。
夜の時間が少ないからだ。
で、やっぱり今回も15kmから20km辺りでいつもと同じことを考え始める。
もうウルトラトレイルはこれっきりにしよう。どこかでリタイアしてしまうのか。
走り終わったら、どうせまたこの辛さを忘れて申し込んでしまうのか。
補給食のジェルが体に合わないよ。
などなど。
夜明け前に第二エイドに到着。疲労困憊。
椅子に座ってしばらく休む。目を閉じて数分の間まどろむ。
まわりにもそんな選手が何人かいる。
さ、でももうすぐ朝だ。朝日にあたれば元気になる。出発しよう。
外にでると空が明るくなっていた。
これはうれしい。そして朝日が昇る。やっぱり元気がでるね。
この二人のペア。このあとずっと前後することになる。
男性は余裕があるけど女性はついていくのが精いっぱい。でも僕に抜かれるのは
うれしくないらしい。上りでは彼らに抜かれ、下りで彼らを追い抜く、を幾度となく
繰り返した。
これを7000本設置したとのこと。
反射板とともに、常にルートを示してくれました。
ルート上には、エイドのほかにも通過チェックがあった。
地元のボランティアの方々、寒い中本当にお疲れさま。
笑顔であいさつしてくれるのは、日本もクロアチアも同じだ。
海面下であったことが明確な地面で、石がごろごろしているところを通る。
その石を集めて石垣みたいになっている。これは不思議な構造だ。
ゴールは遥か彼方。岩と荒涼が特徴的。
ここにくる森の中で、日本人と遭遇。100マイルに参加してた、タモリさんかな。
”まだまだ序盤なんでゆっくりいきます。” とのこと。
このフレーズ、100マイルレースの前半は呪文のように頭を駆け巡るやつだ。
そして多くのウルトラランナーが口にする。
体の各部の調子を伺いながら、エネルギー切れや痙攣、故障しないギリギリのラインを見極めつつ、想定したペースや制限時間に意識を配りつつ進む、という意味合いだと僕は理解している。
おそらく、Trstenikの村。ここがエイドか、と思っていたらやはりその通りだった。
ここで、ベルリン在住のイタリア人に日本語で声をかけられる。
「私の彼女と同じ苗字ですね、私たちはベルリンに住んでます。
彼女は69kmの方にでてます。」 とかとか。
彼も疲労しているらしく、「110kmは短くていいですね。」というので、
「160kmは長く楽しめるからいいよね。」と返してあげた。
再び山を登ると目指すゴールの海が見える!
お昼の時間、やっと中間の町、Buzetだ。
ここのエイドは、まるでクールマイユールだ。
食事はライス、ビーフ、チキン、パスタ、スープがある。
これはありがたかった。
ライスにビーフミートローフを載せてもらった。
これで元気が回復したな。
直前で、えらくきれいなスペイン人女性を見かけた。
カメラマンがエイドで撮影していたので、ちょっと知れた人なのかも。
だからなんだということはない。そんなことは誰もきにせず、各々着替えたり、くつろいでる。
ここからはクロアチアの太陽との闘い。
1Lの水はもう飲みほした。この次のエイドまで8kmはある。
でも当初予定されていたけれど、ぎりぎりでカットされたエイド地点がこの先にある。
そこでどうにかして水を調達できるだろうともくろんだ。
ここからは画面中ほど、丘の上に教会がある。
大体こういうレースの展開として、目の前に見える丘や山を登らないというコース設定はない。見えたらそこは登ると考えた方がいい。
きっとあそこに上るんだろうな。
やっぱりそうだ。
天空の教会みたい。そしてそこに水があるんだろうなあ。
ここがその教会に至る道。水、水、水。。。
で小さな村を見回すと笑顔の家族がいる玄関、その奥には小さなレストランのように見える建物がある。村に一軒の宿兼レストランかな。
ためらいなくそこに入っていく。
店主はもう笑顔だ。何人もランナーが来ているのだろう。
カウンターの後ろには大量のペットボトルが置いてある。
今日の彼のポケットは大漁だろう。
そこで炭酸水1.5Lを20Kunaで購入。スーパーでは1本8Kunaもしない。でも安いものだ。
そのボトルを飲みながら歩いているとまわりのランナーから、
「どこで水が買えるんだ?」との質問が殺到。 ふふ、真剣にさがしてみれば見つかるものさ。
もちろん、彼らに教えてあげた、小さなオアシスを。
炭酸水のおかげでいいリフレッシュができた。
いい天気だ。道脇の草原で数分のうたたね。
悪くない。イタリア人4人組は、木陰で休んでる。それぞれ思い思いに、でもしゃべり続けてる。
何度もすれ違ったの顔なじみだ。こうなるといつものあいさつ、チャオ。
このチャオということば、顔が自然と笑顔になるから不思議だ。
小さな集落を抜けた。石造りの古い家だけれど機能しているらしい。
あそこに見える海に日暮れまでに到着できるだろうか。
石との闘いだ。この畑は。
Groznjanの町。
小高い丘にある。中世風の城門から入ると中はこうだ。
ここのエイド、石造りの小さな広間みたいなところだった。
もっと雰囲気を味わう余裕があればよかったけれど、ゴール時間を気にしだしていたので、先に進むことに夢中だった。
この区間で、先ほどのイタリア人の彼女という日本人女性に会う。鹿児島出身とのこと。夜の道になる手前だったけれど、この方なら大丈夫だろうと思い、少しお話しした後、先行させてもらうことにした。
先行した以上、歩く姿は見せたくない。
不思議なプライドだけでとぼとぼと走る。
この後、Bujeが最後のエイド。
日暮れの中、再び小高い丘にある町を目指して速足でのぼる。
前後していた男性を応援する家族にも励まされ、エイドのスタッフの笑顔におされる。
みなさんに感謝の言葉を。そして最後のパートへ。
ここは無理やり未舗装路を設定したと思われるコースだ。畑、川沿い、雑木林の中をくねくねと。低地特有のとげとげのある草や松の仲間の間をすり抜けて、真っ暗闇の中を走ったり歩いたり。
ここで自分を抜いていく人たちはほとんどが100マイルの選手。それ以外は歩きだから少しづつ抜いていける。
Kauflandが見えてきた。街はずれにある大きなスーパー。パッサウにも同名のスーパーがある。これを見つけたらもうすぐUmagのゴールだ。
ゴール手前のマークはあの赤い旗ではなく、赤白のテープが道路標識やゲートに巻き付けてあるだけ。
これは最後に厳しい。でも先行するランナーが後ろにいる僕をいざなうように走ってくれた。
そして笑顔で手を振りながらのゴール!
関係者が笑顔で迎えてくれた。メダルをかけてくれた女性は”おめでとう”、と汗でぬれている腕を撫でてくれた。これには驚きと感動だ。

























