地震がおさまり、旦那様、ママ、ばぁちゃん、いとこ、旦那様の実家に電話をかけてもつながりません。
冷静に考えれば、つながりにくくなるのも当然なことですが、その時の私はとにかく何度も電話をかけまくっていました。
その間も余震が起こり、何度も玄関の外に飛び出しながら。
かなり経ってから、ママにどうにかつながり、ママもばぁちゃんも一番上のいとこも大丈夫。
真ん中のいとこは学校にいて、帰れないけれど無事。学校なら先生やお友達もいるので、少し安心しました。
それに、夜9時には、たまたま近所に住んでいた先生がいとこを車で家まで送り届けてくれて、無事に帰ってきました。
先生に感謝です。
問題が、叔母と一番下のいとこです。
その日は、いとこの病院の日でした。
生またときから持っている持病の為、中2になった今でも、定期的に東京の成城学園にある病院に行っているのです。
全く連絡付かず、家族はみんな心配していましたが、やっとつながると、当然電車は止まり帰れないとの事。
一回連絡はついたものの、その後はまた連絡つかず、状況は分からないまま。
完全に、『帰宅難民』です。
夜になり、駅には人があふれかえっていたそうです。
避難場所として提供してくれる場所があるものと思ったら、それは主要な大きな所しかなく、叔母といとこがいる駅の近くには、そんな場所は用意されていなかったようです。
駅のみどりの窓口が唯一温かい場所だったそうですが、人がいっぱいで入るスペースはなく、外でウトウトし始めたいとこに、ある男性が『この中入りなさい!!』と、狭いスペースをみなさん開けてくれて、入れてくれたそうです。
おかげで、寒さをしのぐことができたようです。
ことごとく、閉店する駅前の飲食店。
そんな中、マクドナルドだけは『飲み物しか提供できませんが・・・』とお店をずーっと開けていてくれたそうです。
小田急線の駅員さんは、誰一人嫌な顔、疲れた顔をせず、いろいろ対応してくれたそうです。
人々も、駅員さんに対して声を荒げる人もいなかったそうです。
みんな、冷静に助け合っていたそうです。
駅員さんの頑張りもあり、小田急線は夜中にどうにか動き、夜中の3時に無事帰宅してきました。
その日以来、いとこは熱を出し体調を崩してはいるけれど、無事に帰ってきてくれたことに感謝。
駅員さんをはじめ、声をかけてくれた方々に感謝。
持ってるアメをみんなに配ってくれた人に感謝。
最後までお店を開けてくれていたマクドナルドに感謝。
パニックを起こさずに、冷静に行動していた人々に感謝。
日本人。まだまだ捨てたもんじゃありません。