こんばんは。

今日は1月17日

1995年に野島断層が動き阪神・淡路大震災が早朝に発生しました。

この時は私の住む町は震度5で地響きがして目が覚め当時幼かった長女とお腹にいる長男を身ごもってた元奥さんと一緒に私の布団を被せて私は窓を全開にしてからテレビが倒れないようにしたのを今でも思い出します。

近くの平和堂の4階が圧縮された光景が今も目に伺います。

幸い当時住んでたアパートは大丈夫でしたが交通のマヒが有り仕事に行けなかったです。

震源が淡路島と知ったのはテレビをつけて明るくなってからでした。

心の傷を負われた方々、惜しくも亡くなられた方々からこの地震で活断層の意識が高まりこれを機に防災グッズを常備するようになりました。

今日は神戸の方角へ手を合わせて黙祷をさせていただきます。

今年は元日に能登半島地震が発生して多くの方々が不自由な生活をされてます。

一刻も早い復興と共に被害に遭われた方々へお見舞いを申し上げます。

そして惜しくも亡くなられた方々へお悔やみを申し上げます。


太古から日本は大災害を経験して普段は敵対してる者同士でも手を取り合い、助け合い、支え合い、思い合い、励まし合う事で復興してきたと聞きます。

その中で今の報道には遺憾に感じます。

孤立した集落になぜレポーター元日居るのか?

なぜ6時間かけて歩いてきた被災者にインタビュー出来るのか?

冷静になれば理不尽な報道が有り日本の報道機関には憤りを感じます。

阪神・淡路大震災の教訓が生かされないマスコミにはどうか人命優先の報道をして欲しいと願うばかりです。

熊本地震でも私の知り合いのトラック運転手がマスコミのヤラセ報道を目の当たりにして物資が中々送れなかったと悔やんだのも聞きました。

今情報を聞いてますが、私の出来る事が役に立つ時が有れば行けるようにさせて頂いてます。


人工地震だの詐欺だのヒーロー気取りで災害地へ独断で行ってる政治家だの迷惑な発信や言動もどうかやめて欲しいと思います。

自分が出来る事をするのが大切です。


私は微力で頑張って下さってる皆様に有り難うの言葉しか浮かびません。
でも小さな事も結集したら大きな力になると思います。

そして家族と離れ離れになられたイヌさんや猫さんにもどうか温かい手が差し伸べられますように。

最後まで読んでいただき有り難うございます。


私は早く世を去りたいと思ってた日々が10年位続きました。
でも今は余生を神様に委ねます。
少なからずハンデがある身体ですが生きたいです。