ウィーン

ウィーン

ウィーンの概要、歴史、地理、気候、政治、経済、交通、観光、教育、文化の紹介。ウィーンについて簡単に知りたい人はどうぞ。

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○音楽
ウィーンではモーツァルト、ベートーヴェンをはじめ、数多くの作曲家が活躍し、「音楽の都」と呼ばれている。

○歌劇場・コンサートホール
・ウィーン国立歌劇場
世界で最も有名な歌劇場の一つ。

・ウィーン・フォルクスオーパー
オペレッタを上演する劇場。

・ウィーン楽友協会(ヴィーナー・ムジークフェライン)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の本拠地

・ウィーン・コンツェルトハウス
ウィーン交響楽団の本拠地

・アン・デア・ウィーン劇場 最近オペラが上演されるようになった。
・ローナッハー

○演奏団体
・ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(ウィーン・フィル) - ウィーン・フィルは、ウィーン国立歌劇場でオペラの伴奏を行うウィーン国立歌劇場管弦楽団が、それ以外の演奏会で演奏するときの名前である。数あるオーケストラの中でも最も有名なオーケストラの1つである。本拠地はウィーン楽友協会グローサーザール。また、マーラーの交響曲第8番など大規模編成を要する曲を演奏する場合などのように、やや大きな舞台を持つコンツェルトハウスで演奏会を行うことも少なくない。
・ウィーン交響楽団 - 1900年創設。本拠地はコンツェルトハウスだが、ウィーン楽友協会でも相当数の演奏会を行っている。
・トーンキュンストラー交響楽団
・ウィーン放送交響楽団
・ウィーン・フォルクスオーパー交響楽団 - 例年年末年始に来日し、サントリーホールのジルヴェスターコンサートにも出演する。
・ホーフブルクカペレ
・ウィーン室内管弦楽団
・ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス - 1953年に指揮者ニコラウス・アーノンクールが結成した古楽器オーケストラ。
・アルバン・ベルク弦楽四重奏団 - 現代最高の弦楽四重奏団の1つ。ウィーン音楽大学教授でウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターも務めていたギュンター・ピヒラーが同僚と結成。2008年限りで解散、活動に終止符を打った。
・ニューイヤーコンサート - 毎年元日のマチネーに行われるウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のコンサート。シュトラウス一家を中心にしたワルツやポルカが曲目のほとんどを飾る。チケットの獲得は困難極まりない。

○舞踏会
舞踏会の街でもある、ウィーンでは数多くの舞踏会がカーニバル(ファッシング)シーズン中に開かれている。

・皇帝舞踏会
・花の舞踏会
・ウィーン・フィルの舞踏会
・歌劇場舞踏会・オーパンバル
・カフェハウスオーナーの舞踏会
・お菓子屋さんの舞踏会
・法律家の舞踏会
・仮面舞踏会

○食文化
・オーストリア料理
・ホイリゲ - ウィーン周辺に見られるワイン酒場。

○スポーツ
オーストリア・ブンデスリーガに属しているサッカークラブ、FKアウストリア・ウィーンとSKラピード・ウィーンが本拠地としている。

また、オーストリアを代表するスタジアムであるエルンスト・ハッペル・シュタディオンでは、UEFAの5つ星スタジアムとしてこれまでUEFAチャンピオンズリーグの決勝戦が4度開催された。2008年6月にスイスとオーストリアの共催で開かれたUEFA欧州選手権2008 (EURO 2008) の決勝戦もここで行われた。

市民の娯楽としてスケートなども盛んであり、冬季は通常のスケートリンク以外に市庁舎前広場にスケートリンクが開場する。

○ウィーンが舞台となった映画
・第三の男 - グレアム・グリーンの小説及びオーソン・ウェルズ主演の同名の映画
・『愛の嵐』-親衛隊員だった過去を隠して生きる男とユダヤ人女性との倒錯した愛の物語。モーツァルトの魔笛が流れる中で、オーストリア、ウィーンの現代史も背景に描かれている。ダーク・ボガードが演じる主人公はオーストリア社会民主党市政によって完成したカール・マルクス・ホーフに住みながら、ホテルで働いている。
・男はつらいよ_寅次郎心の旅路 - 原作山田洋次、主演渥美清。ケルントナー通り近くに位置する3つ星ホテル「ツーア・ヴィーナー・シュターツオーパー (Zur Wiener Staatsoper)」は同映画で寅次郎が宿泊したホテル。
・恋人までの距離(原題Before Sunrise) 1995

ほか

参照:Wikipedia「ウィーン

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1365年創立のウィーン大学は現在のドイツ語圏で最古・最大の大学であり、教官や卒業生から11名のノーベル賞受賞者を輩出している。かつてウィーン大学医学部は医学研究において世界的な中心のひとつであった。例えば、精神科医のジークムント・フロイトや小児科医のハンス・アスペルガーなどを輩出しており、日本からも斎藤茂吉らが留学している。また世界で初めて胃切除を行ったのもウィーン大学教授のテオドール・ビルロートで、現代においてもビルロートの方法で手術がなされている。この際摘出された標本はウィーン大学で見学することができる。しかし、第二次大戦後はユダヤ人学者が流出したことや鉄のカーテンにより東欧からの人材の流入がとまり、アメリカの大学が著しい発展をとげたことにより、学問の中心としてのウィーンはその地位を失った。しかし現在は再び東欧やドイツなどからの学生の流入が多くなっている。学生数が著しく増加傾向にあるため、各大学の権限が拡大され、入学直後のセメスターを厳しくして選別を図る措置をとるほか、志望者の多い学科を中心に入学制限が順次導入されている。選考方法は主として入学試験による。 エゴン・シーレらの出身校であるウィーン美術アカデミーはヒトラーが受験して合格できなかったため、後に独裁者になる道を開いてしまったことでも知られる。アントニオ・サリエリが初代学長だった歴史があるウィーン国立音楽大学および、戦後市によって設立されたウィーン音楽院は多くの著名なクラシック音楽の演奏家を輩出している。この他に国立大学としてはウィーン経済大学、ウィーン工科大学、ウィーン農科大学、ウィーン医科大学(旧ウィーン大学医学部)、ウィーン獣医大学、グスタフ・クリムトの出身校であるウィーン応用美術大学がある。ウィーン経済大学 (WU) は13年にブラーター内に移転予定。

従来のオーストリアでは大学は全て国立であったが、21世紀に入って私立大学 (Privatuni) を認める制度ができたため、多くの私立大学が設立されている。ウィーン音楽院(市立)やリンツのブルックナー音楽院のように既存の学校がこの制度で大学となったところも多い。

またオーストリア政府は、トップレベルの科学技術研究施設を目標に、Institute of Science and Technology Austriaを設立した。ウィーン郊外のクロースターノイブルクにあり、博士課程の学生およびポスドクを受け入れている。教育、研究は英語で行われている。

参照:Wikipedia「ウィーン
宮廷文化の栄えたウィーンは18世紀末から20世紀初頭にかけて、数々の大作曲家の活躍の舞台となった。

また、かつては世界屈指の学問の都であり特に19世紀末から20世紀初頭にかけて多くの先端的な業績を生み出した他、カールス教会等、建築分野でも傑作が存在する。

○宮殿、大聖堂
・シェーンブルン宮殿
・ベルヴェデーレ宮殿
・ホーフブルク宮殿
・カールス教会
・シュテファン大聖堂
・ヴォティーフ教会
・ペーター教会

○劇場
・ブルク劇場 ドイツ語圏で最高の格式を誇るとされる劇場

○カフェハウス
ウィーンのカフェハウスは、オスマン帝国によるウィーン包囲の際にトルコ軍の忘れていったコーヒー豆をコシルツキーが発見したことに始まると言われる。19世紀にはウィーンのカフェ文化は文化生活の中心であった。多くのカフェは当時と変わらぬ姿で現在でも多くの観光客を惹きつけている。なお、天津に天津飯が存在しないのと同様、ウィーンにもウィンナ・コーヒーなるものは存在しない。

ウィーンの代表的カフェハウスには以下のようなものがある。

・カフェ・ゲルトナー(Gerstner) 1847年創業。旧皇室御用達 (k.u.k.)でケルントナー通りにある。ウィーン国立歌劇場内や楽友協会ホール内にも出店している(コンサートの休憩時間に利用できる)。KHM(美術史博物館)内にも支店がある。
・カフェ・ラントマン ウィーンで最もエレガントなカフェと呼ばれた老舗。1873年創業。
・ホテル・ザッハー 国立歌劇場の裏にある。ザッハトルテの元祖。
・カフェ・デメル 東京の表参道に支店あり。ザッハトルテで有名。旧皇室御用達 (k.u.k.)
・カフェ・ハイナー(Heiner) ここも旧皇室御用達 (k.u.k.)
・カフェ・セントラル(Central) ペーター・アルテンベルク、アルフレート・ポルガー、エゴン・フリーデルなど多くの「カフェ文士」が愛用。ポルガーに『カフェ・ツェントラールの理論』なる文章がある。
・グリーエンシュタイデル(Griensteidl) フーゴ・フォン・ホーフマンスタールなど多くの世紀末ウィーンの文人・芸術家が愛用。
・シュヴァルツェンベルグ(Schwarzenberg ) ウィーン楽友協会やホテルインペリアルに近い。リング沿いにある由緒あるカフェ。
・ショッテンリング(Schottenring ) リング通り沿いで最も歴史のあるカフェ
・アルトウィーン(Alt Wien) 内装など、文字通り古さを感じさせる店
・オーバールラ(Oberlaa) 歴史は古くないが、ウィーン市内に多くの支店をもつ人気のカフェハウス。
・ハヴェルカ(Hawelka) 旧市街の中心部にあり、開店以来内装を変更していないことでも有名。
・カフェ・ムーゼウム(Museum) アドルフ・ロースによる開店当時の内装のままに復元されたカフェ。グスタフ・クリムトはじめ世紀末ウィーンの建築家や画家が多く出入りしていた。
・チロラーホーフ(Tirolerhof) 自家製のアプフェルシュトゥルーデルが人気。
・カフェ・モーツァルト(Mozart) 歌劇場裏。現在ブルグガルテンにあるモーツァルト像はかつてこのカフェの目の前にあった。
・ブロイナーホーフ(Braunerhof) ヴィトゲンシュタインが常連だったという。
・Sperl

○美術館・博物館
ウィーンの歴史を反映して多数の美術館・博物館がある。

・美術史美術館 - コレクションの一部はエフェソス博物館などの分館にも展示。
・自然史博物館
・ホーフブルク王宮内宝物館 - 美術史美術館の分館であり、聖遺物として聖槍(ロンギヌスの槍として知られさらに中央部に聖釘が針金で固定されている)や数々の聖釘がある。
・アルベルティーナ
・リヒテンシュタイン美術館
・オーストリア・ギャラリー(ベルヴェデーレ) - ベルヴェデーレ宮殿の上宮にある。クリムトをはじめ、オーストリアの画家の作品を集めた美術館。
・レオポルド美術館 - エゴン・シーレのコレクションでは世界最大のもの。ユダヤ人の眼科医レオポルド博士のコレクションを、オーストリア政府が買い取り美術館に。
・ルードヴィヒ財団現代美術館 MQ (MuseumsQuartier) 内。
・造形美術アカデミー絵画館 - 造形美術アカデミー(美術学校)の学内にあり、ヒエロニムス・ボスのコレクションが有名。かつてヒトラーはこの美術アカデミーの受験に失敗した。
・オーストリア応用美術博物館 (MAK)
・ウィーン軍事史博物館
・ウィーン民俗博物館
・ウィーン路面電車博物館
・オーストリア演劇博物館
・ウィーン犯罪博物館
・エスペラント&地球儀博物館
・エッセルコレクション ウィーン北郊クロスターノイブルクにある現代美術館。Baumaxの創業者エッセルにより建てられた。
・エゴン・シーレ美術館 - シーレの出身地トゥルン(ウィーン郊外)にあり、デッサンなど小品が年代順に並んでいる。

参照:Wikipedia「ウィーン