119を呼んだ時のこと | もおやだの断薬記録帳

119を呼んだ時のこと

21年3月の夜、ネットをやっていたら急に背中に寒気がはしってきた。
そこからは手がどんどん冷たくなり、心拍数が上がっていくのが分かる。
おかしい??
急いで暖房を入れたが、そういう寒さではない。
音が聞こえない、いや聞こえるのだが高音域しかとらえていない感じがする。
そわそわ感がきたと思ったら今度はものすごい恐怖感がやってきた。
怖い、とにかく怖い。
このままだと死んでしまうのではないかという気持ちがわき上がる。
そこからはひたすら理由もない死への恐怖に包まれた。
ろれつがまわらない、部屋の中をうろうろ、指先が氷のよう、
得体の知れない何かが頭の上の方で見ていて、
イメージに浮かんだぎょろっとした目が今も記憶に焼き付いている。
他にもたくさん意味不明な事があったはずだけど、もう思い出せない。

ここまでがたぶん5分かかってないはず。

とにかくただごとではないと思ったのと、このままでは死ぬ気がして、
近くに住む親に電話をした。
いそいで来てもらい119番に連絡してもらう。
救急が来ることになり、外へ出るが今度は全く足が動かない。
石のように重い。

救急車がきて乗り込む。

サチュレーションをとる、過呼吸状態らしい。
当時服用していた薬を伝える。(メイラックス・パキシル・テトラミド・リスミー)
その当時あまり具合がよくなくその日はパキシルを飲んだのか忘れていて、
もしかしたら2度、つまり倍の量を飲んだかもしれない事を伝える。

119に通報したのは、パキシルをどれだけ飲んだか自分でもあやふやだったので、
その事が心配だったからだ。

救命救急士は言う。
「精神科は夜間はどこもやってないんだよ。
この薬なら倍飲んでも平気だからこのまま部屋に戻って大丈夫。
どうしても診てもらいたいならここから30分かかるけど、どうする?」
ろれつがまわらない状態で言い返す。
「あなたは医者ですか??」
この間、救命救急士
はどこにも電話していない。
のんびりしている車内にいらつき、救急車を降り、
タクシーをつかまえた。
とりあえず、当時他の疾患でかかっていた総合病院にあてもなく向かう。

総合病院についたが、いきなり来られてもと怒られる。
そりゃそうだ。だが診てくれる事になった。
救急待合室のベンチに横になるが、体が痙攣しはじめた。
ベンチから転げ落ちる、床に転んだまま天井を見ていたのを覚えてる。
視界の隅に同じく診察待ちの親子がいて、怯えた目でこっちを見てた。
ちゃんと座ってください、と職員に言われ体をおこされるが、
体に触れられる事と耳元で話しかけられる事がものすごい苦痛だ。
苦痛だと言いたいが口が動かない。

診察の番が来た、あまり覚えていない。
ベッドに寝かされ、体をいじったりされていたと思う。
突然奇声を発したり、大声で泣いたりしていた。
少しずつ冷静な自分が現れる。
怖い言い方かもしれないが自分がもう一人いて、
ベッドでのたうち回る自分と、横でおろおろしている親を静観している感じだ。

点滴を入れられる。
針が刺さったとたんに体が氷のように冷たくなっていき、
寒さで歯ががちがちしている。
意識が飛んでいく。

気がつくと親と医者が会話していた。
すっかり自分も落ち着いていて、さっきまでが嘘のようだ。
自分でベッドから降り、医者と話す。
「症状的にはパニック障害と似ている、強い安定剤を点滴しておいたから
明日にでも主治医のところに行って説明しなさい。」

ふんわりとした心地よさとけだるさに包まれた帰宅した。

この日の症状で思い当たるのは、メイラックス。
この何日かメイラックスを切らしていたのだ。
切らすと調子が悪くなるのは経験してたが、
ここまですごい事はなかったので、油断していた。
落ち着いて考えてみたら例えパキシルを倍飲んでいたとしても、
こんな症状は起きないだろう。

翌日主治医にかかる。
「薬を切らすとそういう事になるから、きちんと来なさい」
ヒルナミンを出される。
この当時、薬を切らすと調子がおかしくなる事は自分でも分かっていたが、
何故かそのことに大きな疑問を持っていなかった。
今思えば、薬に頼っていてもその方が気分がいいので、
そちらが勝っていたのだろう。

救急車内での事が気になっていた。
独断で搬送をせずに帰宅を促したあの救命救急士。
恐怖の中にいた自分に対して、泥酔者を扱うような態度だった。
自分で強引に総合病院に行ったが、診てくれたのはたまたま当直でいた精神科医だ。

救急医療センターに連絡をし、どういうことなのか問い合わせてみた。
精神疾患と救急の事がどうなっているのか知らなかったからだ。
後日、消防の人間が来る事になった。
その話はまた今度。