(前回の続き)

 

下宮に参拝した後は、上宮への参道へと戻る。

 

上宮への参道は少しだけ石段を上る必要がある。ただ、表参道の石段を上るほかに、宇佐神宮には体の不自由な方や高齢の方のためにモノレールがあるのである。これは表参道とは別のところにある。

 

どんなものか見に行ってみようと思っていたのだが、下宮の近くにモノレールは健常者のみでの利用は不可という旨の案内があったので、見に行くのもやめてしまったのである。今思うと、見るだけ見ておけばよかったという気がする。

 

 

 

上宮への表参道。

 

 

上宮の手前に若宮神社。

 

御祭神は大鷦鷯命(おおさざきのみこと)で応神天皇の御子である第16代仁徳天皇と同一。応神天皇を誉田別尊(ほむたわけのみこと)と呼ぶように、仁徳天皇を大鷦鷯命と呼ぶ。

 

春宮神社と同じような雰囲気であり、好印象。

 

 

 

宇佐鳥居とその奥に西大門(さいだいもん)。

 

宇佐鳥居は上部の笠木・島木という部分が大きく反っているがの特徴。これまでに出てきた鳥居も見直してみてほしい。

 

 

 

 

上宮の本殿前。

 

西大門から瑞垣を入ったここが一般参拝者が入れる最終地点であり、参拝場所である。さらにこの楼門の奥に本殿がある。

 

この宇佐神宮のシンボル的な楼門は勅使門でもある。

 

ここでも楼門に向かって左から一之御殿、二之御殿、三之御殿である。御祭神の並びも下宮と同じである。

 

ということは、何も考えずに真ん中の楼門前でだけ参拝すると、それは二之御殿に祀られている比売大神(ひめおおかみ)への参拝になってしまうのである。

 

まあ、真ん中でだけ参拝したとしても、空気を読んで応神天皇も神宮皇后も話を聞いているとは思うが、必ず三か所で参拝するようにしていただきたい。

 

それから、通常とは異なる参拝作法というのもある。

 

私が西大門からこの場所に入ってきた時、何やら気合が入った参拝をしている一団がいて、「パン、パン、パン、パン」と聞こえてきた。そこで気がついたのである。ここでは「二拝四拍手一拝」が作法とされていることに。出雲大社と同じ形式である。その参拝作法の案内もあった。

 

下宮ではその案内がなかったのか、私が気が付かなかったのか、とにかく「二拝四拍手一拝」ということがわからなかったので、通常通りに二拝二拍手一拝で参拝した。境内社も同様である。

 

一番最初に上宮に参拝していたとしたら下宮も境内社も同じ作法で参拝したとは思うが、上宮に来て参拝作法の案内書きを見るまでは全く知らされていなかったことなので、特にどうこう思うこともない。

 

二拝四拍手一拝を二拝二拍手一拝で参拝したところでバチが当たるなどということは当然ないし、拝の数、拍手の数はそこまで本質的なものでもないので、必要以上に気にすることはないのである。

 

ただ、きちんと案内があれば、空気を読んで私でもその通りにはする。

 

 

 

 

 

左側の一之御殿前の拝所と、そこから瑞垣内を撮影したもの。

 

こうやって、本殿瑞垣内を撮影するのはお行儀が悪いそうである。あまりやってはいけないのかもしれない。今回は私が神様とお友達ということで、許していただいた。

 

結局、瑞垣内の本殿等はほとんど見えないのである。これでは本殿が八幡造かどうかなど確認できない。

 

また、中央の二之御殿前の楼門は完全に閉じているので、中が見えるのは一之御殿前と三之御殿前だけである。

 

この瑞垣内には境内社も存在していて、左の一之御殿側には春日神社、北振神社が、右の三之御殿側には住吉神社がある。

 

 

瑞垣の一番左端には八子神社(やこじんじゃ)。応神天皇の御子を祀る。ここは瑞垣の外側から参拝できる。

 

八子神社の立て札の奥は側面の瑞垣であって、社殿ではない。社殿はないそうである。この樹木(クスノキ)が御神体とのこと。

 

公式の説明には応神天皇の八王子を祀るとなっているが、これは一般に言われる八王子とは別なので注意を要する。

 

ウィキペディアによれば、応神天皇の后は11人、御子は25人くらいいたようなので(はっきりとは判らない)、八子神社の「八」は「八百万の神」の「八」と同様に「たくさん」の意かと思う。

 

なお、一般に「八王子」と言った場合、東京の地名の八王子もそうであるが、スサノオがアマテラスと誓約(うけい)をした際に生まれた五男三女の八柱の神様を指す。この三女とは宗像三女神である。

 

 

 

宇佐神宮の奥宮である大元神社(おもとじんじゃ)の遥拝所とそこからの眺め。

 

大元神社にも参拝に行きたかったのだが、御許山(おもとさん)山頂にあり、多少の登山が必要。車があれば近くまで行くことができ、登山は最小限で済むのだが、公共の交通機関で行くのは難しく、最寄駅から長距離を歩かなければならないため断念。

 

 

本殿を取り囲む瑞垣の側面。

 

結構高い瑞垣に囲まれているわけで、ほとんど中が見えないように思われた。しかし、実際に横に回り込んで後ろに下がって位置を調節して中の本殿を確認したわけではないので、本当に本殿が八幡造であることが確認不可能なのかは、今となってはもうわからない。もう少し色々粘って試してみればよかった。

 

そういうことで、楽しみにしていた八幡造という建築様式は確認できず、これについては豊後国一宮である柞原八幡宮(ゆすはらはちまんぐう)の紹介の時に説明することにする。

 

上宮の参拝が終わったので、あとは残っている境内社群を巡る。

 

 

亀山神社。御祭神は大山積命(おおやまづみのみこと)。

 

亀山というのは上宮が鎮座している山のことだそうである。だから、この山の守護のために山の神様を祀る。

 

ここから菱形池という名称の神池に向かう道があり、それが自然な順路のような気がするのであるが、私は祓所の方まで戻り、その先にある八坂神社に向かう。

 

この八坂神社と呉橋という神橋を先にまわっておけば、ここで菱形池に向かうことができた。

 

効率良く一筆書きのように境内を巡りたいなら、そのように予め順路を考えておいた方がよいかもしれない。私はおおよそのイメージは持っていたが、そこまで細かくは考えていなかった。

 

 

 

八坂神社。スサノオを祀る。社殿横の御神木が良い感じである。

 

広いスペースをとっている大きな境内社であるが末社である。

 

ちなみに、黒男神社、春宮神社、若宮神社、住吉神社は摂社であった。

 

このまま八坂神社の奥に進めば呉橋に行けたのであるが、戻って遠回りをしてしまった。

 

 

 

 

呉橋(くれはし)。県指定重要文化財。

 

現在、一般参拝者は通行できない。その昔には勅使がこの橋を通っていたということである。

 

呉橋は西参道にあり、呉橋の隣には通行可能な神橋も架かっている。

 

そして、昭和初期までは現在の西参道が表参道だったそうである。

 

私にもその方が自然に思える。実は最初に宇佐神宮をグーグルマップで見た時に、表参道がどこだか全くわからなかったのである。境内にどこから入るのかが地図を見てもわからない。

 

西参道からだと、上宮までおおよそ一直線に行ける。しかし、現在の表参道だと右折と左折が1回ずつある。この一直線ではない参道の造りも実は内宮と似ている。

 

 

 

菱形池に戻る。

 

この池に八幡大神が現れたと伝えられているそうである。しかも、当社公式サイトによれば「欽明天皇三十二年」と非常に具体的である。

 

境内案内図によれば、この辺りに木匠祖神社(もくしょうそじんじゃ)という宮大工の守護神を祀る境内社と、水分神社(みくまりじんじゃ)という水の神様を祀る境内社がある。

 

結論から言うと、この2つの境内社には行くことができなかった。どちらも菱形池の中の島にある(それぞれ別の島)のだが、2枚目の画像にあるように島に渡る神橋には柵があり、通行禁止になっているのである。最初はこちら側からだけが通行禁止で、反対側に回り込めば行けるのかと思ったのだが、反対側にも柵があって通行禁止。

 

どのようにしても行けないのなら境内案内図にそのように書いておくべきだろう。

 

 

 

一応、水分神社は発見できたので、遥拝する。水分神社の御祭神は高龗神(タカオカミノカミ)ほか水の神様五柱。

 

水分神社の対岸には御霊水。

 

 

 

井戸を開けて水を汲んでもよいと書いてあったのだが、ふたを開けて中を見ると濁った水である。とても、飲めるようなものではない。普通、御霊水とか御神水とか呼ばれるものは、そのまま飲んでも大丈夫なくらいの水質のものを指すと思うので、注意していただきたい。

 

そして、この御霊水のところで行き止まり。境内案内図では水分神社の脇を通る周回路があることになっているのにである。

 

このあたりのゴタゴタが予定よりも時間がかかってしまった原因でもあるが、どちらにしても最初の予定の1時間40分では足りなかった。なぜかというと、近くの境外社も含めてその時間で考えていたからである。しかし、この辺りでほぼ予定の時間は使い果たしていた。

 

境内社はあと1社。

 

 

周回路のはずが行き止まりだったため、菱形池のまわりを逆方向にまわり直す。

 

 

 

最後の境内社は頓宮(とんぐう)。仮殿(かりどの)、お仮屋とも呼ばれる。

 

説明書きによれば、その昔には三十三年ごとの式年造替(しきねんぞうたい)が行われていたそうで、上宮、下宮、若宮の各本殿と寸分たがわぬ仮殿が建てられていたそうである。

 

なお、伊勢神宮などの式年遷宮(しきねんせんぐう)というのは、2つの場所を交互に使用して一定年数ごとに社殿を建て替える方式である。社殿のための土地が2倍必要になるという贅沢な建て替え方式である。

 

それに対して通常の式年造替は同じ場所で建て替えを行う。そのために、建て替え工事中には別の場所に仮宮を建てるということになる。この頓宮というのは本来はそういった目的のための場所ということだろう。

 

頓宮参拝で境内は一通りまわったことになる。しかし、ここからバス停に戻っても、もう予定のバスには間に合わない。

 

宇佐神宮から2kmくらい西に鷹居神社(たかいじんじゃ)というのがある。八幡大神を最初に祀ったとされるので、宇佐神宮の元宮ともされている。現在では荒廃してしまっているようであるが、近代社格は県社という神社である。

 

この鷹居神社の参拝を泣く泣く見送ったのである。

 

頓宮のすぐ東、道を渡ったところに境外摂社の大尾神社(おおじんじゃ)、境外末社の護王神社、鉾立神社(ほこたてじんじゃ)があるから、これらの境外社が優先ということでもある。

 

 

大尾神社の鳥居。本当にすぐ道を渡ったところにある。実は、ここから石段を上るのが結構きつい。特に宇佐神宮境内を1時間40分も歩き回った後では。

 

 

 

大尾神社。

 

 

 

護王神社。

 

 

 

鉾立神社。

 

あまりに長くなったので、画像だけで説明は省略させていただく。

 

結局、これらの境外社をまわってトータルの時間は2時間強かかった。参道脇のお店で食事をしたり名物など食べながら休憩などすれば3時間程度。宝物館も見るなら3時間半から4時間程度。さきほど触れた鷹居神社に参拝するなら半日強。大元神社にも参拝するなら1日というコースになる。

 

たぶん、一生のうちにはまた宇佐神宮に来ることもあるだろう。今回できなかったことについては、次回にチャレンジである。

 

今回の旅行では宇佐神宮以外にも良い神社があったので、次回以降に順次紹介することにする。

 

当社および今回紹介した神社の基本情報等については以下を参照していただきたい。

 

現代神名帳 宇佐神宮

 

現代神名帳 大尾神社

現代神名帳 護王神社

現代神名帳 鉾立神社

 

現代神名帳 奈多宮

現代神名帳 椿八幡神社

 

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過去記事はこちらからどうぞ。

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