夜明け以前写していた写真早くに目覚め、耳をすましていると聞き覚えのあるコンビニのドアホンの音がかすかに聞こえてきた。コンビニはここから500~600mは離れていよう。入院は耳をすますと言う事かもしれない。自分のごころや身体に耳をすましてみる。元気なときには聞こえなかった物にまで耳を傾ける。人の動きまで見えるし、聞こえてくる。iPhoneからの投稿
退院まじか病院の近くの民家で術後も順調に推移して退院する日が近ずいてきた。夜が長く感じられてラジオ深夜便を聞きながら過ごしている。しかし、人間は欲が深いものだと思う。もう、退院後の事を考えている。「這えば立て、立てば歩けの親ごころ」とは、この事かと思う。私は今回、入院手術となったが人間成長の為には良かった思う。とにかく、今まで長期入院がない。入院しなければならない人の気持ちが十分に分からなかったからである。苦しい事や悲しい事や悔しい事が日々に起こるが自分の成長の為と思って前向きに頑張ろう。「日々精進」と言われる所以である。iPhoneからの投稿
思い出ずるままに時々、ふっと思い出す言葉がある。こんな言葉を思い出した。幕末の僧、釈月性の詩「男児志を立てて郷関を出ず、学若(も)し成る無くんばまた復(また)還らず、骨を埋むる何ぞ期せん墳墓の地、人間 到る処 青山あり」解釈は人はどこで死んでも骨を埋める所ぐらいはあるのだから、故郷を出て大いに活躍すべきであると言うことらしい。私はこの言葉を誤用していた。人間はつらいときもある。しかし、何処に行っても青い山があるし、其処にまた、新しいチャンスや出会いがあるから、という風に解釈していた。私は私なりにそれで良いと思う。自分の体験からそうだと思うからである。