☆今日はわたしの好きな本より一つ紹介します。


自分より肉体的、精神的、エネルギー的に劣っているものを、

より優れたものが手助けするのは、命として当たり前の行為です。


地球上では人間がもっとも進化した生き物である限り、

より多くの生き物の命が、光り輝くように導き、手助けするのは当然の行為です。


そこには生き物としての違いはあっても、命としての差はありません。


弱いものを見てこころを痛める時、人はそれを「優しさ」と呼び、美しいことのように扱いますが、

それをことさら「優しさ」という言葉で、美しく飾る必要はありません。

それは力のある者、力の弱い者に対して差を強調し、その差を誇示するために、わざと矢を射るようなことになるかもしれません。

そんな「優しさ」は、人を深く傷つける「矢刺し差」につながります。


何かの大会で一番になることを優勝と言いますが、優勝の語源は「優勝劣敗」という四文字熟語です。

より優しいも方が勝ち残り、優しさに劣るものが敗退していく」というのが本来の意味です。


元々は、一番強いことを「優勝」というのではないのです。

最も優しさに優れたものこそ、真の勝者(賞賛に値する者)である」という意味なのです。


では、本当の「優しさ」とは、一体どういうことでしょうか?


「差別が無い」「いつも変らず同じ」ということです。

「差がなくなる」つまり、「易し差」。「差が気にならないほど、簡単で易しくなること」です。

そして、真の「優しさ」は、「差が全くなくなる」ことを指すのです。


今日はあなたの、真の「優しさ」の意味に思いを馳せてみましょう。

「優しく」する必要はありません。あなたはいつもどんな時でも同じ・・・。差別の無い「優しい世界」で生きていれば良いのです。真の「優しさ」は、日常の中で「全てはひとつ」、「全てはつながっている」ということの表現体になることです。


「こころの扉」 はずき虹映より