僕は、テレビで被災地の状況をみて、

「何か少しでもできることがあるなら役に立ちたい」って

ずっと思っていました。
しかし、自分だけでは、義援金を送る(コンビニなどの義援金BOXに入れる)ぐらいしかできませんでした。


ですが、今回、被災地(現地)の光景を目の当たりにして

その残酷さに最初は言葉がでず、飲み物さえ喉を通りませんでした。
少しの移動で景色が急に変わる市内、
家は流され海になっている光景、
がれきがそこらにある状況、
重機が行きかう変わり果てた街、
できたばかりのスタジアムが壊れ、
山積みになった物や壊れた車、
津波が押し寄せてくる怖さは大変恐ろしいというのが身にしみて感じた瞬間でした。


がれきの撤去作業は、

長袖、長ズボン、軍手、、マスク、麦わら帽子、長靴(インソール入り)とフル装備の服装でとても暑かったです。

手強い瓦礫もあり、きりがないくらい大変で、「終わるのか?」と思ってしまいました。


洗濯機は中のモーターが丸出しになっていたり、畑と思われる場所に、
瓦があったり、衣類が見つかったりしました。
そのなかには、思い出の品と思われるもの(写真や置物など)がありました。
驚いたのが、掛時計が津波が来たと思われる、15時過ぎに
止まっていたのです。

それには、目がウルっとしました。


 報道による写真や映像のインパクトは、ダイレクトに悲惨さを伝えてくれるものではありますが、

一方で私たちに「思い込み」や「先入観」を持たせてしまいます。

現地に行ったものだけがわかることがあります。

ひとりのボランティアとして、自分の足で歩き、見て、聞いて、自分で考えたことは、被災者への支援の一歩となったことと思います。

一番に思ったことは現実と報道とのギャップは大きく全然違ったことです。

ニュースで見る映像、写真とはまるで、別物のようだったということです。


 政府の方針では3年計画でがれき撤去完了させるそうです。
建物は消え、遠くの海が見えるまで一面に広がる地に、完全な復興を考えると、

3年間という期間でできるのかと疑問に思いました。僕ができることは微力だったけれど、

感じとったことや学んだことは多かったです。
今回のボランティアで得た経験を身近な人に伝え、共感し、

少しでも復興に繋げることがボランティアを終えた僕(我々)の使命だと思います。

人生の間で東日本大震災のようなものは、数多く無いと思います。

というより、あって欲しくないです。

それを僕は、(現)16歳にしてボランティアを通し、貴重な体験できたことは嬉しいです。


たった、2日間の支援だったけれど、

一生忘れない(忘れられない)ボランティア活動になりました。

 最後に、多くの人に感謝したい。

また、亡くなった方に心からご冥福を、被災した方にお見舞いを申し上げます。

そして、一秒でも早い被災地の復興を心から願っています。


1年生 Sザッキー君ノートより