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~ ロバート・フジタの一筆コラム~

インフィニティ・コンサルタント

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ここは、都内の某シティーホテルのラウンジ。



 

たまには贅沢をして一人でホテルコーヒーと洒落込みますか・・と、たいして混んでいない店内に如何にも品のある初老のオジサマ二人が肩を寄せ合ってヒソヒソ話。



一人はガックリと肩を落として、いかにも「この世の終わり」を物語っている風体で、もう一人はと言うと終始難し顔で「う~ん」と聞き手役に徹しているようだ。



 


FXか株で大損!!その程度か・・奥さんに浮気がばれた・・など、本人にとっては晴天の霹靂なのかも知れないが、ホテルラウンジでは良く聞く話。




 


しかし、良く聞いてみると、肩を落としている初老の方は結構有名なデザイン会社の社長さん。聞き手の方は大手広告代理店の役員さん・・らしい。



どうも会社のチーフデザイナー(然も、業界でトップデザイナーらしい)から辞表が出されたとか・・彼女と呼んでいるので女性デザイナーなんだろう。



「毎日が忙しすぎて仕事が雑になってしまう。時間に追われてデザインするのではなく、ひとつひとつの作品に対して丹念に取り組みたい」というのが退職の理由らしい。


「社長、あなたはその退職理由を聞いてどのように答えてあげたの?」と広告代理店の役員さんは突っ込む。



するとその社長さんは、


「じっくり仕事をやらせてやりたいのは山々だけど、そうならない時の方が多い。特に彼女は腕が良いので仕事がいつも集中していた。申し訳ないと思っている」と、また肩を落とし、如何にも苦そうな顔をして冷めたコーヒーに口を付ける。



「きっと彼女は、不満とストレスがたまって目標を見失っていたのだろうなぁ。話し合いの余地があるのなら、是非とももう一度話し合ってもらいたいな」と。多分、仕事を出している側の広告代理店からすれば大きな損失なのだろう。



まぁ~よくある話ではあるのだが・・・



じっくりやれる状況にあるのなら質を追求する。じっくりやれない状況なら、量を追求する。 必ずどちらの場合にも追求するものがある筈だ。

即ち、仕事をしているのか、仕事をやらされているのか、の違いであろう。


ふっと、以前読んだインタビュー記事を思い出した。



漆芸家で人間国宝の大場松魚氏へのインタビュー記事だ。





 

 

氏、曰く


私は時計と競争する。だから夜も昼もあったもんじゃない。例えば、ひとつの品物を作るのに、この一面はさっき1分で塗れた。じゃあ次は55秒で塗る。それも同じようにきれいにきちんと仕上げる。だからトイレに立てば立った分だけ、時計は先に進んで仕事は何もできない。時計と競争してこいつを負かすことはなかなかできませんけどね。時々は勝つようなことがありますよ。人間は「頭」があるからです。時計のリズムは一定だが、人間は「この仕事をこの時間までに仕上げるんだと腹を決めれば、グッと時間を短縮することができる。だから仕事を速くしようと思えば目標時間を決め、それに対して集中攻撃を掛けることです。そうすれば1分速くなるか5分速くなるか、いくらかでも速くなるんです」そうやって時計に逆ねじを食らわせるような意気込みで仕事に向かうことが大切です。



我も格ありたい・・






今日はこの辺りでお別れしよう・・・