新しい自分の発見・・・変身願望 | ~ ロバート・フジタの一筆コラム~

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中三トリオの一人「桜田淳子」さんが一夜限りの復活ライブを行ったと・・朝からワイドショーで話題になっていた。


30年振りの舞台とのことでその風貌の変化にガッカリするのかと思いきや、多少のふっくら感はあるものの大きな変化もなく多くのファンを驚かせたらしい。きっと私生活が充実していて・・とても幸せなのだろう。





私を含め、多くの人達はなかなかそうは上手くいかない。



でも同窓会などに参加して「あいつ変わったなぁ」(イイ意味で)と仲間から噂される人がいる。そうした人の多くは故郷を離れて新天地に飛び込み、幼なじみとの交流を断ち、古い自分を捨て去った人ではなかろうか?




私達の身近にも何人かは大変身を遂げた女性(男性も)がいる筈。中学・高校の時には大人しくて目立たない生徒だったのに、今ではオーラに包まれてスター性を感じたり「○○君、お久しぶりね。○○です」といわれて、とっさに思い出せなかった経験は一度や二度ではない筈だ。(男性の場合はデブ、禿げへと変身してしまい本人とは気付かないケースが多いようだが)


作家の大島正裕氏は『自分を奮い立たせるこの名文句』の中で石川啄木が大変身を遂げたことについて、こんなことを書いている。







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江戸時代の日本は旅行こそ許されていたものの、他地域への住所移転は禁止されていた。その結果、血が濃くなり、日本人の地域性は濃厚であった。明治になって廃藩置県が行われ、ようやく庶民にも引っ越しの自由が与えられたが、地域性の濃さは薄らいできたとはいうもののまだ残っている。そのため、ある地方の独自の気風をもった若者が他の地域に移住し、新しい環境に触発されて突然性格が大転換するケースがみられる。詩人の石川啄木もその一人で、岩手県の封建的な気風が残る地域に生まれ、父の失職によって故郷を捨てて北海道に渡る。啄木の強い劣等感と保守的な性格が災いし、新天地でもうまくいかない。やがて、失意のままで東京に出る。ところが、北海道の開放的な気風は啄木の性格に触発現象を起こさせていたようだ。上京後の啄木は人が変わったように優れた作品を次々に生み出していった。

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また、富嶽三十六景で有名な浮世絵師「葛飾北斎」はよほど変身願望が強かったのか、ペンネームを変えること 30回。更には、生涯で 93回引っ越ししたそうだが、それでも引っ越しはすべて江戸の町の中の話。当時は他の藩へ引っ越すなど、違法行為の脱藩でもしないかぎり不可能だった。





 

現代はどこへ引っ越そうがまったく自由。外国で暮らしても国は文句を言わないし、名前を変えるのも自由、住居を変え、職業を変えるのも自由。まさにMy new discoveryのチャンスはいたるところにある。


  

古い私、弱い私をまったく知らない新天地(進学などで新しい学校、転職などで新しい職場、引っ越しなどで新しい住居)誰ひとり私の顔も名前も職業も性格も知らない。だから、思いっきりなりたい自分を演じることができる。演じるうちに、それが新しい自分、忘れていた自分を取り戻す切っ掛けにもなる。そんな貴方を久しぶり見た昔の友人が驚く・・・筈。


さて、私は来年あたり何を変えようか??


今日はこの辺りでお別れしよう・・・