日本人の人物描写力(今と昔) | ~ ロバート・フジタの一筆コラム~

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国民生活を完全に無視した政治劇が繰り返されている。



 


第3極だ第4極だと毎日のようにニュース、ワイドショーが騒ぎ立てているが、国民は半ばシラケているのか、全く無関心を装っているかのように映って見える。



そんな時、あの暴走老人こと石原都知事の突然の辞任


 

 

思い出せば今から10年前、再選を果たした石原都知事はインタビューに応じて、「今まで以上に過激にやります」と語っていた。



その通りの過激さが注目を集め、都民ばかりか国全体、そして世界からもマークされる政治家になったようだ。その石原さんが齢80歳にして知事を辞して国政に打って出ると発表した。会見では、「若いもんがやらんから、やるしかないだろうが」と若者をけしかけ、そして「気力はますます盛ん」とも吠えた。


日本人はこの数年、政治が弱いと国が弱くなり、生活が脅かされるということを身をもって学習した。この暴走老人の動きは、もう国民も無関心ではいられないと危機感をつのらせるきかっけにもなったようだ。




政治家は、権力争いや政策論争も大事だが、その前に、政治家としての実務手腕(仕事を成し遂げる技術)の向上と、人間性を高めるこが急務だと思う。多少の尊敬の念と同時に、ある程度の愛嬌も必要だろう。その点で人物描写すると石原氏や橋下氏には過激な言動の裏にある種の愛嬌がある。上手ではないが、ユーモアのセンスも持ち合わせているようだ。






だが老人グループに対してカラーが違うと一刀両断した点はいただけない。

「老人は国の宝」・・知恵を借り、経験を学ぶくらいの度量の広さを見せてもらいたいと思うのは私だけだろうか?



まぁ~そこに若者たちの人気が集まるのだろうが。石原氏や橋本氏が投じた今回の一石がどんな波紋を広げていくのか注目したい。



江戸時代後期から明治にかけての日本人は人物描写力に長けていたと言われている。文学的才能といってもいいのかも知れない。




但し、小説家でもある石原氏の最近の名言「小異を捨てて大同に付く・・」は、元々中国語の格言で求大同,存小異、あるいは求同,存異(小異を残して大同につく)と言うらしい。少しくらいの意見の違いがあっても、大ぜいの支持する意見に従う。又は、細かな食い違いはあっても、大筋で一致しているところをとって協力する・・こんな意味となる。




話を元に戻す。






例えば、吉田松陰の書簡のなかに、三人の人物評がある。『実甫(久坂玄瑞)の才は縦横無尽なり。暢夫(高杉晋作)は陽頑、無逸(吉田稔麿)は陰頑にして皆人の駕馭を受けざる高等の人物なり(中略)常にこの三人を推すべし』





別の書簡では、久坂玄瑞のことを「防長第一流の人物たり、因って亦、天下の英才たる」と最大級のほめことばを送っている。







高杉晋作に対しては、「識見気魄他人及ぶなく、高等の人物なり」とこれまた最大級だ。指導者たるもの、これぐらいの賛辞が使えなくてはならないと思い知らされる






連合艦隊司令長官の東郷平八郎は、作戦参謀の秋山真之(あきやま さねゆき)を「智謀湧くがごとし」と称したのも、実に見事な表現力だ。


 

また、高杉晋作が亡くなり碑を建てるにあたって旧千円札で有名な伊藤博文(初代総理大臣)はこんな一文を寄せている。「動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し。衆目駭然として敢えて正視するものなし、これ我が東行高杉君に非ずや」



 

 

その意味は、動けば雷電のごとく、発すれば風雨のごとし。 周囲の者は、ただただ驚き、ぼう然とするばかりで、 敢えて正視する者すらいない。これこそ我らが、東行高杉君(高杉晋作君)ではないか。


「知謀湧くが如し」そして「動けば雷神の如く」この言葉、来年の私自身を含め皆さんのスローガンに使ってみては如何だろう。





今日はこのへんにしとうございます。