稲が日本に渡来したのは縄文時代の終わりごろで、当時栽培されていたのは野生種に近い赤米だったと考えられている。古代人は水に漬けておいた玄米を、掘った穴に埋め、その上で薪を燃やして蒸して食べていたようだ。それから現在まで、米は日本の食文化を支えてきた。
米を使った加工食品の中で一番古いのはもちだろう。そこには神様が宿っていると考えられ、昔から人の生命に力を与えるものとされてきた。結婚、出産、お祭りなど、生活の中の行事には欠かせないものとなっている。正月に子供たちに渡すお年玉は、丸い小さなもちを神様にお供えし、それを分け合って食べたのが起源であるといわれている。また、農家では弁当として携行し、食糧の乏しい冬の間は保存食としても重要であった。
赤飯もおめでたい席には欠かせない食べ物である。作り方は、小豆を茹でて色の付いた煮汁にもち米を浸しておき、茹でたマメと混ぜて蒸すと綺麗な赤飯が出来上がる。日本では赤は特別な色として神聖視され、邪気をはらう力があるとされてきた。神社の建物や鳥居が赤く塗られているのもこのためだ。赤色はいつしか幸福の象徴とみなされるようになり、祝い事につき物の食品として赤飯を炊く習慣が生まれたようだ。
思いがけない幸運が巡ってくることをいうのに「棚からぼたもち」と言う諺がある。お彼岸には無くてはならないものであるが、最近では手軽に買うことができ、おやつとしても人気のようだ。よく似た食べ物におはぎがある。実は、この二つの中身は同じで、時期によって名前を変えているだけなのである。前者は、あんこで包んだ姿をボタンの花に見立て、後者ははぎの花に見立てたものだ。つまり春の彼岸はぼた餅をお供えし、秋の彼岸はおはぎをお供えするということだ。
端午の節句にちまきを作って食べる風習は中国の伝説から来たものである。笹の葉に包んだご飯は日本では当初は保存食であったが、後に和菓子として広く食されるようになった。