その扉を開くと、すでに大勢の男性が集まっていた。年齢は、若者から年配の方まで様々だが、ほとんどの方がスーツ姿で楽しそうに立ち話をしている。会社帰りに初めて訪れた、男の料理教室だ。
空きの人事異動で、九州への単身赴任が決まった。結婚以来、包丁を握ったことも無く、台所に立つことすらほとんど無かった。自分ですることといったら、お茶を入れるくらいだろう。そんな私の食生活を心配して、妻が教室へ通うことを勧めてくれたのだ。エプロンを手渡しながら「近頃は趣味で料理を習う男性も少なくないらしいわよ」と彼女は言った。美味しいものを食べるのは好きだが、果たして自分に作れるだろうか。しかし先日、妻に教えてもらいながら挑戦した味噌汁は以外にも美味しく、楽しく調理することができたので彼女の勧めに素直にしたがう気になった。
身支度を整えたら、5人ずつの班に分かれて野菜を切り始める。今日の献立はカレーライスだった。難関は玉ねぎで、目が痛く涙が出てきて止まらない。しかし隣を見ると、おしゃれな初老の男性は、何事も無い様子で包丁を動かしている。驚いていると「すぐに慣れますよ」と声をかけてくれた。この男性は教室に通い始めて2ヶ月だという。陶芸に凝り、皿や鉢を焼いているうちに、そこに盛り付ける料理も自分で作ってみたくなったそうだ。心から楽しそうに「陶芸も料理も奥が深いですらね、極めるにはまだまだ時間がかかりそうです」と笑顔で話してくれた。
カレーを煮込んでいる間に、ご飯の炊き方を教わったのだが、ここで思いがけない裏技を勉強することになった。先生が「ミネラル分が多いほうが、味の違いが分かります」といいながら、おもむろに取り出したのはペットボトル入りの飲料水だ。乾燥した米を計って容器に入れ、最初にたっぷりとこれを注ぐ。よく吸い込んだところで流し、水道で4回ほど研いでから、ざるに上げて30分程度おく。炊飯時にもこういったミネラル分の多い水を使えば、少量でも格段に美味しくなるそうだ。料理を作る楽しさを知り、趣味を語りあえる仲間もできた。自分の世界が、一つ広がったようで嬉しい。