今日はメトロノームを使った練習について書きたいと思います。


そもそも、メトロノームって一体何の為に存在しているのでしょうか?


1おおよその楽曲のあるべき速度を知るため。

2テクニック面での柔軟性と正確性を確実なものにするため。


他にもありますが、ピアノレッスンにおいては特にこの2つが大きなウエイトを占めているかと思います。



「拍感の揺れ・ゆらぎが最も大切で、小節毎に自然な拍によるルバートが欲しいので、メトロノームに合わせて練習するなんてナンセンス!」

という考えの方もいるようですが、はたしてそれだけで本当に大丈夫なのでしょうか?



・・・と、その前に!

まず、自分にどれくらいテンポ感があるのかチェックしてみるとよいかもしれません。


※今回は振り子型のメトロノームではなく、電子メトロノーム(リズム例付き)を使用します。


Aメトロノームを音符=60、3連符表示にした状態で3つに1回音が変わる時(拍の頭)に手拍子でいいのでピッタリ合わせることができるか?

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Bメトロノーム音符=60、8分音符2表示にした状態で2つに1回音が変わる時(拍の頭)に手拍子でピッタリ合わせることができるか?(他のリズムでも試してみる。スコッチスナップが難しいと感じる場合があるので、これは後にまわしても良いかと思います。)

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Cメトロノームを自分が最もやりやすいと感じる速さ(わからない人は60前後)にセットし、手拍子でいいので一つ一つピッタリ合わせることができるか?

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Dメトロノーム音を自分がやりやすいと感じた速さプラス30~40のスピードで同じように手拍子でピッタリ合わせることができるか?(例:C速度60だった場合、96前後にスピードアップして同じことをする)

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Eメトロノーム音を自分がやりやすいと感じた速さマイナス30~40のスピードで同じように手拍子でピッタリ合わせることができるか?(例Cで速度60だった場合、30にスピードダウンして同じことをする)

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Fメトロノーム音を自分がやりやすいと感じた速さ(わからない人は60)の中に2つずつ均等(8分音符2)に手拍子を入れて合わせることができるか?

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Gメトロノーム音を自分がやりやすいと感じた速さのプラス30~40のスピードに2つずつ均等に手拍子を入れて合わせることができるか? 

 (例:Fで速度60だった場合、96前後にスピードアップして同じことをする)

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Hメトロノーム音を自分がやりやすいと感じた速さマイナス30~40のスピードに2つずつ均等に手拍子を入れて合わせることができるか?

(例:Fで速度60だった場合、30にスピードダウンして同じことをする)

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Iメトロノーム音を自分がやりやすいと感じた速さと、その速さプラスマイナス30~40の3種類のスピードにそれぞれ均等に3つづつ(3連符)手拍子を入れて合わせることができるか?

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Jメトロノーム音を自分がやりやすいと感じた速さ(わからない人は60)で、スキップリズムスキップリズム、シンコペーションリズムシンコペーション、スコッチスナップスコッチスナップ、3連符タイ3連符タイを入れて手拍子を打つことができるか?

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まだまだ続きがありますが、たくさんありすぎるのでこの辺にとどめておきます。


F以降に関しては、テンポ感チェックの為というより、初歩者の方向けの訓練の一つにもなるかと思います。

訓練としてやるならば、例えば手拍子だけでなく、「左手はメトロノームと同時に拍子をたたく」「右手はリズムを」という風に左右の手にそれぞれ役割を決め、卓上などをたたく等の方法で左右別の作業でやってみると良いと思います。

それができたら今度は左右の役割を反対にしてもやってみてください。

初歩者の方は、この左右の役割を逆にした時、すぐ対応できない事が多いようです。

頭の中の想像上ではリズムやテンポの意味を理解していると思っていても、実際このように左右違うことをしようとすると、思いの他すんなり出来ないといったケースがよく見受けられます。


なぜこのような作業をするのかというと、ピアノを演奏をする人は複数のメロディーや伴奏、効果音的な場面等々の全てをたった一人で担えるよう、器用である必要があるからです。

ピアノの88鍵は、オーケストラで使われる最も低い音域を担う楽器よりも低く、最も高い音域を担う楽器よりも高い音域をカバーしているため、楽曲によっては一人でオーケストラ全部分の作業に近いことを要求されることもありますよね。

ピアノ演奏はオーケストラの指揮と似ていますが、ピアニストは指揮をするだけでなく、左右の手を自由自在にコントロールし、指10本を駆使して、自分一人で全てを実演できなければならないという点が、指揮者の方と異なる部分で、音楽性だけではどうにもならない事でもあり、その部分を強化するにはテクニック養成がどうしても必要になってきます。そのような練習をしなくても左右10本の指がそれぞれ思うように自在に操作できる能力があるならば必要ありませんが。

初歩者の方は、自分の左右の手と指10本を自由自在に操れるための訓練の導入としても、この左右異なる作業をしてみると良いかもしれません。

この作業の延長線上にメトロノームを使ったテクニック養成の為の練習が待っています。


ピアノ演奏の為のレッスンは、感性や知識が備わるだけでなく、自分自身で演奏することができるようになるためのものでなければならないと私は思います。

そして実際の演奏には、必ずピアノの鍵盤をあるべき姿(音)に操るための緻密なテクニックが必要になってきます。


楽曲には、拍のゆらぎだけでは解決できない、無機質な表現を要求されるものも存在するので、「ある特定の作曲家のある特定の曲だけ弾ければよい」という場合以外は、どんな曲にも対応できるようにしておく必要があると思います。特に、将来音大受験などの専門的な進路への進学をお考えの方は、ショパンが弾けたらOKというわけではなく、行く行くはいろいろな時代のいろいろな作品に向き合っていく応用力を備えておかなければならないので、テクニック養成の為にメトロノームを使うことを非音楽的行為だと言って自分の感覚だけで特訓し続けるのはあまりお勧めできません。

初歩者の方や趣味で楽しみたい方も、メトロノームと上手に付き合えるようになるだけで、それまで無味乾燥したつまらない練習がちょっとだけ張り合いのあるものになったり、自分を客観的に診断するためのツールとして使ったり、いろいろと重宝すると思います。もちろん、メトロノームに全てを任せ頼りすぎるのも自分の感覚を眠らせてしまう恐れがあるので気を付けなければならないと思います。上手にメトロノームを使いこなせるようになったらいいですよね音譜


そのようなテクニックを培う時に、メトロノームに正しく合わせることができない、またはメトロノームに合わせていると勘違いしたままの状況で練習を続けても、おおよその楽曲の速度はわかっても、細やかな音のツブの並び等をコントロールしきれないまま時間が過ぎてしまいます。

自分の指の都合、感性の都合で勝手気ままに揺れ動いている演奏は、その内情がわかる(聴こえる)人にとって苦痛以外の何者にもなりません。

それをある人は「個性!」といい、またある人は「テクニックがまるで無い!」といい、またある人は「自己流だけどこういうのもおもしろいかもね!」といい、またある人は「邪道だ!愛好家として自分一人で楽しむためにやってくれ!」などと言い・・・様々な見解があるようです。


私は自分自身の指が自由自在に操れるようになる為のメトロノームを使ったテクニックの練習がナンセンスだとは思いません。

もし、均一に音のツブを揃えられない人がトッカータを弾いたらどうなるでしょう?テンポ感のない人がプロコフィエフのソナタを弾いたらどうなるのでしょう?リゲティを弾いたら?それだけではありません、たくさんありますが、想像したらゾっとしませんか?


また、C以降でなんとなくメトロノーム音に合わせることが出来ても、よくよく聞くとほんのわずかに微妙にタイミングがずれている時とピッタリ合っている時が混在しているというのも、自己流のクセがついてしまっている好ましくない合わせ方なので注意が必要です。

このケースは、なぜかピアノ指導者や音楽関係者のお子さんに多く、本当に不思議に思っています。(全ての方がというわけではありません。)

メトロノームとの“ズレ”が、毎回同じタイミングであればそれほど問題ないと思えるのですが、同じタイミングで合わせる事ができていない上、自分では確実に合っているという根拠のない自信があるケースが一番やっかいで、メトロノームとのわずかな“ズレ”を指摘しても、気がついてもらえるまでに相当の年月がかかってしまうことが多いのです。


このケースは一見、まるで音楽の拍感やゆらぎのようなものが体に染み付いているかのように見えますが、実際じっくりお子さんの様子を観察していると、そこには強拍と弱拍のゆらぎによる揺れのような確固たる“法則性”は一切無く、あるケースでは3・4の指がもつれてしまっていたり、また別のケースでは自分の音以外を受け付けずメトロノーム音を聞く事が出来なかったり、また他のケースでは指1本1本が全く独立しておらず、指先を転がせて弾いていたり・・・ということでした。

つまり、音楽性があるとか、拍感を持っているからということでメトロノームに合わせられないのではなく、単に指の都合や耳の都合で、合わせられる場所と、ほんの少しズレてしまっている場所とが不規則に混ざり合っているということがわかります。


どうして同じような環境のお子さんが同じ症状になるのか、しかも関係者のお子さんに多いのは何故なのか・・・現在理由を探っているところですが、まだはっきりとしたことを言えるほどわかりません。

今の所、「自分の出している音に心を奪われてしまい(?)、メトロノーム音を冷静に聞いて自分の出している音と比較するという姿勢になれない」「先生の指摘が右の耳から左の耳へ流れている」だけにも見えます。が、これに関してはまだ自分なりの結論が出せていません。


この拍の強弱による揺れ・ゆらぎというものは、ある音楽においては非常に重要な要素だと言えますが、ある音楽においては必要ないどころかむしろあえて絶対揺れてはならないこともありますので、それぞれの楽曲にあった演奏スタイルを知らなければならない他、テクニックの柔軟さと正確さを身に付けておかなければならないと私は思います。

そのためには、自分の脈拍が速まっただけで、感じるスピードがいとも簡単に変わってしまう人間の曖昧な感覚に頼るのではなく、メトロノームを使用して練習する事は、効果的なピアノ練習にどうしても必要な要素の一つだと             思います。


話は変わりますが、ここ数年、水泳の北島 康介選手が連続で金メダルを取っておられて、本当にすごいですよね。

彼の凄いところは精神面だけでなく、前段階の特訓方法だと私は思います。

スポーツ科学の進歩によって、水泳選手の体格に対するより優位なフォームへの改善、水着一つに対するこだわり・・・以前、TVのドキュメント番組で彼が練習の際、スピードがどこで落ちるのかなど、自分の泳ぎをデータ化したPC画面を見てコーチやトレーナーと話し合っているのを見ました。


その時、なぜか私は恐れ多くもピアノレッスンと似ているなぁと思ってしまいました。


テクニックを強化する上で先生は、生徒さんの“トレーナー”にならなくてはならないと思うのです。

弱点を瞬時に見分け、どのフォームにするとより良い結果へ導けるのか模索する事、それらを頭の中でデータ化するためにも毎回のレッスンでの生徒さんの少しの変化も見逃さないようにし、どのような練習を積むとどのような結果を出しやすいのかを知っている等々、楽曲を使った音楽性や表現力などを養う為のレッスンと、テクニックを強化する為のレッスンとでは、全く違った対応をしなくてはならないと思っています。


なぜなら、その両方のどちらか一方的では、「わかっているのに指が思いどうりにならない悲劇」と「指はいかようにも動かせるけれど自動演奏ピアノロボット状態」の極端なケースに陥ってしまう恐れがあると思うからです。

ピアノレッスンはそのどちらにも偏らないよう、先生が“音楽家”と“専属トレーナー”の両方の顔を持たなければならないと考えています。


かなり話が脱線してしまいました汗

話を戻します。

今日は、「メトロノームに合わせられるかどうか」という事がメインの記事になってしまいましたが、メトロノームを使用する上で、特にテクニック養成の為にメトロノームを使うのならば、「メトロノームにぴったり合わせる耳を持っている事」が大前提なので、まずは「いろいろな速さのメトロノームにいろいろなリズムでピッタリ合わせられるかどうか」初歩者の方はここからのスタートになるかと思います。


メトロノームを使った練習、そしてテンポ感を身に付ける事に関してまだまだ続きがありますが、今回は長くなってしまったのでまた次の機会にでも書きたいと思います。